新着情報

【風雲舎4月新刊】

『神に近づくには 波長を合わせればいい!』
ーー言霊(ことだま)から音霊(おとだま)へーー
保江邦夫(冠光寺流柔術) 山本光輝(植芝盛平翁の直弟子) 両氏による“口から出任せ”対談

口から出任せ。
口から出任せは、“ホラ吹き”ではなく、
魂が口から出るに任せる……魂と魂のぶつかり合い、本音の語りです。

◎植芝合気はもとより、保江愛魂も、山本いろは呼吸書法も神がかりだった。
◎神は、単純な繰り返しに宿る。合気も、愛魂も、いろは呼吸書法も単純な繰り返しだ。
◎言霊で、神が降りてくる。
◎音霊一つひとつに神が宿る。
◎人体は言霊の集合体。言霊を発することで、細胞が活性化し、病気やマイナスが消える。
◎神の働きかけが、いろいろな人、いろいろな場、随所に起きている。
◎耳を澄ませ、それに波長を合わせる――
すると、神を感じられる。
◎とはいえ、神はえこひいき。愛される人は、とことん愛される。
◎神はそもそも絶対調和。でもそれではつまらない。神は事を起こして、僕らを楽しませる。
◎だから「いま」が大事。いまを大事に生きる。


植芝盛平翁の神性を中心に、保江「愛のエネルギー」、山本「いろは呼吸書法」の三者のシンクロによる「全てを愛し許し合う、争いの無い平和な世界」を求める熱談。
(46判並製 256p ISBN978-4-938939-81-6)定価(本体1600円+税)

口から出任せ講演会保江先生、山本先生による講演会があります。
201574日(土曜日)13:00~17:00
東京ウイメンズプラザホール
参加費:5000(先着200)
お申し込みは
→㈱風雲舎(電話 03-3269-1515 ファックス 03-3269-1606 mail@fuun-sha.co.jp)詳細はちらしをご参照下さい

 

> 続きを読む

【本文より】

本来の合気道は神がかっていた

保江 僕は高校三年生の一番感受性が強いときに、テレビで盛平先生を見て、感動したのです。
微塵も疑いませんでしたよ。すごい人だ、僕もああなりたいと本気で思ったんです。
山本 不思議な縁ですよね。
保江 その後いろいろあって、先輩も同期も去っていって、最後に僕だけ残った。でも「本当のところはどうなんだろう」と思っていたところに、救世主として山本先生が現われたのです。それで僕の純粋な高校三年生の頃の植芝盛平先生に対する思いがそのままよみがえって、「あれはやっぱり本当だったんだ」「しかも本質は岡山にあったんだ」と感動したのです。
山本 二〇一四年五月五日の東京での稽古のとき、保江先生は「植芝盛平開祖に捧げる」とおっしゃった。あのひと言で私はもう感動でした。涙が出るくらい感動しました。
保江 直弟子でもない僕がそんなことを謳ったものだから、ますます世の中から浮いてしまいました。
山本 そうなのですか。
保江 山本先生はどうお考えですか。サムハラ、九鬼神道の、本当の神がかりを持っていた合気道が、今は一般的な武道のひとつになっています。だから僕も悲しいし、合気道の将来を憂えています。
植芝盛平翁、吉祥丸道主、その流れの中にいらした山本先生は、現状をどのようにご覧になっているのでしょうか。
山本 これは日本の政治的な問題にも関わってくるのですが、合気会はいま公益財団になっています。
そうすると何が変わるかというと、宗教的なこと、神がかり的なことはこれっぽっちも言えなくなるのです。
私も保江先生と同様に、霊的な話、神様の話、見えない世界の話なんかをみんなの前で言いますが、今の公益財団という組織の中ではそれがみんなアウトになってしまうのです。
山本 要するに、組織体を維持しようとすると、そういうことになるのです。だから、野口整体にしても、合気道にしても、今や宗教的、霊的な話はできないようです。そのことは理解していかないといけないとは思っているのですが。ただ、自分としては、日々の稽古の中で大先生がいつもお話をされていたように、道主がひと言でもいいから、「合気道というのはこういうものだ」ということを伝えていくのがいいだろうと思うのです。そのことはずっと私の思いの中にありました。そうした中で、いろんなところから保江先生の情報が入ってくるようになったのです。
保江 ほとんど悪い情報でしょう。
山本 いやいや。保江先生には、私は絶対会わなければと思っていたのです。一月にお会いし、見た瞬間、「これは大先生の〝合気道は愛じゃ〟を教えてくださっている人だ」と気がついたのです。
もう感動しました。稽古の後の新年会にお誘いいただいてお話しして、お互いの話が全部「出任せ」だということがわかって、もう手を握り合って、愛を語り合いましたよね。
今の合気道でやっている稽古は、実技のみの稽古です。それに対する批判のあることも三代目道主もご存じです。ただ、現道主の謙虚さと、和を重んじ、人を喜ばせ、楽しく稽古をさせる人間性には頭が下がります。世界中に稽古人が増えるのは、三代目道主の人柄に人が集まり寄ってくるのでしょう。私の願いは、そこでひと言、「合気道はこうこう、こんなもので……」と言ってくれたら嬉しいのですが。
保江 本当にそう思います。僕は、植芝盛平先生を尊敬しています。塩田剛三先生も尊敬しています。藤平光一先生も尊敬しています。師範方みんなを尊敬しています。僕は自分がダメだから尊敬するのが得意技。大先生が亡くなられたとき、その人たちがそれぞれ主になるのはいいことだと思います。
でも今はもう、その次の世代でしょう。次の世代になったら、一度原点に戻してみたほうがよいと僕は思うのです。昔に立ち返って原点に戻り、合気道の本質をみんなで一緒にやろうよ。一生懸命に本質をやらないと、もう合気道の将来はないのではないかと思います。
山本 本当にそう思いますね。
保江 それで「合気道はよみがえる」と大声で言いたいのです。本当は「俺が蘇生させる」と続けたいのですが。僕があちこちで突っ走って、無茶苦茶やればやるほど、僕を排除する波がどっと押し寄せます。僕は悪役でいいのです。ともかく、悪役が混乱を起こして揺さぶるのもいいかなと。外部から揺さぶる係です。ガンガン揺さぶることで、「これはまずい」と思った合気界が原点に戻る。そういう願望が僕にはあるのです。
山本 いやいや、すばらしい。

 

合気道への道
保江 若松町の本部道場ですか?
山本 はい。昔は平屋の木造の道場で、道路に面した窓から中が見えるのです。
年寄りの小柄な爺さんが、でっかい人間をぽんぽん、ぽんぽん投げているのを見て、「本当かなあ」と思いました。私は柔道を経て、空手をかじってきているので、「こんなことできるのかなあ」と疑問に思っていたくらいなのです。
保江 ぽんぽん投げていた小柄な爺さんというのが、植芝盛平先生ですね? 直に習っているのですから、これはうらやましい。
山本 爺さんなんだけど、手や腕を握っても柔らかいんですよ。だけど瞬間的に、ギュッと鉄の棒を持っているように固くなったりします。そういう方でした。
大先生はときどき、ふざけてというか、興に乗るとやって見せてくれることがありました。
神前を囲むように弟子たちはコの字型に並んで正座するわけです。上級者も新人も関係なく並ばせて、大先生が一人の弟子の頭にひょいと手をかざすと、その男はひょいとひっくり返るのですよ。次の弟子にひょいとやると、またひっくり返る。大先生はおもしろくなったのか、ひょいひょいとやりながら、歩いてきます。私は座って大先生を待ちながら、「あんなことで倒れるわけがない」と考えているのです。柔道で鍛えたこの体、空手で鍛えたこの体と思っていますから、ともかくあんなので倒れるわけがないだろうと。隣の男がひっくり返り、ついに「来たな」と、思った瞬間、倒されている。感覚は何もない。「来たな」と思ったら、もう倒されている。「これはいったいなんなんだ?」と、それが最初の疑問でした。
なんといっても、触ることなく倒されているのです。「隣の奴が投げられたな、ようし」と思って目をつむって構えているのに、その瞬間にもう倒されてしまっている。目を開けて待っている人だって、「避けよう」とか「かわそう」とか意識を持っていながら、何もできずに転がされて、何をされたかわからない。
保江 こっちだって備えがあるじゃないですか。
山本 かえって、備えがよくないのでしょうね、きっと。なまじ意識して構えるのがいけないのでしょう。
保江 それで、倒れなかった人はいるのですか?
山本 いや、いません。
保江 全員倒れるのですか。これはすごい。触れないで倒す。僕には無理。
山本 いや、保江先生には、できる可能性ありますよ。なんといっても、大先生の合気を体現なさっているのですから。
保江 いえいえ、身に余るお言葉です。

 

山本先生に導かれたサムハラ神社
保江 それにしても先生に出会ったことで、僕は植芝盛平先生について今まで知った気になっていたことがことごとくひっくり返され、サムハラ神社も教えていただき、本当に、目覚めさせていただいていると感じます。
それまでは植芝盛平先生の合気道は、大東流を武田惣角から習って、それをもとにして大本教の出口王仁三郎のところで霊的な修行をなさって組み上がったものだと思っていました。そのステレオタイプというか、一般に知られている範囲のことしか僕は知りませんでしたし、史実どおりだと思っていたのです。
ところが山本先生が下さった資料に、盛平先生について今まで僕が知らなかったことが書いてある。しかも読んでいくとどうも岡山の田舎のほうにもともとあったサムハラ神社というのがポイントだと気がついたのです。
僕はすぐに飛んでいきました。
保江 でもともかく植芝盛平先生の合気道を求め続けて、岡山から東北地方に行き、東京のあたりで大東流も習い、いろいろ変遷して、その果てに山本先生にお示しいただいたこの資料に出合ったのです。「えっ? 岡山県?」。まさに「幸せの青い鳥」ですよ。人生のほとんどをかけていろいろ探し回って、結局は故郷の岡山に秘密はあったのです。
山本 その変遷は意味のあることだったと思います。
保江 「結局岡山だったんだ」と。その気持ちがあってその岡山のサムハラ神社の奥の院に行きましたので、そこのすごさはひとしおでした。たぶん若いころ、高校生のときに行ってもわからなかったのかもしれません。今だからひしひしと「あっ、ここだ」と感じました。

 

封じ込められた神々の目覚め
山本 こういう場だから何でも言ってしまいますけれども。昔、何千年か前には、日本を守っていた太古の神々がおられたわけです。そういう神々をお祀りするために岩や磐座をご神体ということにして、古代の人々はそういったものを大事にしてきたわけです。ところがそういうものを全部封じ込めるために日本にやってきた一族がいた。その本来の太古の神々を封じ込めた場所はどうなっているかというと、今そういったところは神社になっているのです。先生はご存じでしょうが、注連縄と呼ばれるあの太い縄、これは神をその場所から出さないための呪術です。鳥居もそうです。
つまり神社は神様をお祀まつりしている場所ではなく、日本太古の神様を封じ込めている場所と聞いています。
ですが今はそこに眠られていた、封じ込められていた神々が、もう目覚めてこられる時代になってきているそうです。つまり、封じたほうのエネルギーが弱くなってきている。
そうやって封じ込められた神様がまず復活してきた場所が神戸なのです。一九九五年のあの大地震がありました。そして二〇一一年、三月十一日に東日本大震災がありました。艮金神が目覚めたというふうに言われています。神様が目覚めると何が起こるかというと、大災害が起こるわけです。なぜならそれは大変なエネルギーを持った神様が目覚めるわけですから、地上は浄化されていなければいけない。本来なら樹木がいっぱい生えているところなのに、コンクリートで固めたり農薬を撒いたりして、地上は汚れてしまっている。住んでいる人には気の毒だけれど、それもきれいにしてしまうという現象が起こる。こういうことが日本の各地に起こっているのです。
これは大変なことです。地震や津波という、私たちにとっては災難とも呼べる浄化が起こってしまう前に、みんなが大地の神にお詫びをしたり、地道に私の書のような形で土地の浄化を行なってくだされば、大きな浄化、すなわち災害は必要なくなるはずなのです。
みなさんお正月には初詣に行きますね。神社だけでなく、ご自分のご先祖が眠っているところにも初詣しましょうよ。そこに行くときに私の書をお傍に埋めてください。そうするとご先祖様も喜ばれるし土地も浄化される。こういう「点」がどんどんあちこちに増えて「面」になって浄化されていけば、神々がお目覚めになっても、大難が小難、小難が無難ということになってくるのではないかと思うのです。私たちはそういうプロジェクトをやっているのです。それには私の書を使ってほしい。だから私は、そのための「いろは」と「ひふみ」の書、浄化の書と呼んでいますが、これは全部無料でみなさんにお渡ししているのです。
保江 神社は神様を封じ込めるためのものなのですか。
山本 本当は言ってはいけないのですが。祝詞に「神つまります」とか「神づまります」とあります。あれはまさに完全に、そこにとどめ置き、封じ込めることを意味するのだと聞いています。
それから一礼二拍手、一は「ひ」、二は「ふ」ですね。「ふ」は言霊的に「封じる」ということを意味します。だから神社では今までのシステムとして一礼二拍手を習慣化してやっているけれど、本来的には閉ざされた太古の神を開かなくてはいけない。開く数霊は三(み)で、三拍手です。大本教なんかは四拍手や八拍手をやったりもしています。とにかく二拍手は封じ込めの呪術と聞いています。
保江 なるほど。また、出任せですが、いま僕もふと思ったことがあります。
なぜかこのサムハラ神社は、合気道の開祖である植芝盛平先生にもお力を与え、いろいろな人の弾除けになっています。僕の身近な人も何人もサムハラのお守りに助けられました。僕などの下手な祝詞に神様は雷のゴロゴロで返答してくださったり、祝詞は音霊だということを気づかせてくださったり、本当のことを教えてくださった。
他の神社、たとえば岡山にある吉備津彦神社とか、あそこは僕も神様が本当にいるなと感じてはいましたけれども、そういう具体的な奇跡が起きたことはありません。奇跡が起きたのはサムハラ神社だけなのです。
しかも僕は真っ先に岡山県北の奥の院のほうに行きました。大阪の本院ではなく。それは僕が岡山の人間だからということもあるのですが。サムハラ神社の奥の院は、小さなお社やしろが一応建っています。あれは比較的最近、大阪のサムハラ神社が建てたものです。もともとあったお社は、旧日本軍、帝国陸軍が、無許可神社だからけしからんというので解体を命じて焼き払ったのです。それで津山事件という祟りが起きたといわれています。たった一時間で三十一人が亡くなりました。その一時間で三十人もの人間が殺され、犯人が自害したのです。それを基に横溝正史が小説にしたのが『八つ墓村』です。
……ひょっとすると、サムハラ神社、サムハラ龍王、造化三神(天之御中主神・高皇産霊神・神皇産霊神)を封じ込めていたその神社を焼き払ったということは、その結界が崩れて、サムハラの神様だけは……。
山本 なるほどそうか! いま私も背中がぞっとした!
保江 だからサムハラ神社だけは霊験あらたかなのですよ。他のところは神社がちゃんとあるし、みんなが知らずにパンパンと二拍手でお参りするから、いつまで経っても封じ込められたままです。サムハラの神様だけが自在に動けるのです。だから奇跡も起こせるのです。これはもう先生の出任せの真骨頂ですよ。
山本 そうかそうか、なるほどすごい話だなあ。
保江 だから僕は、最初に奥の院にお参りしたとき、伯家神道の拍手をしてよかったんだ。
山本 だから雷も鳴ったのですね、そうなんですね、きっと。すごいなあ。
保江 いやいや、すごいことがわかりましたね。結果的に軍部は正しいことをしたのか。祟りは起きたけど。いやいや……軍部が焼いたから、サムハラの神様だけは自在にみんなを助けてくれているのです。旧大日本帝国陸軍に感謝しなければ。

【本書の内容】

いつもヒーローがいた……保江 邦夫
《第一章》植芝盛平翁の神なる世界
合気道への道
弟子は仲間じゃ、みんなわしの師じゃ
合気道を求めて――保江邦夫の歩んだ道
無邪気に笑い、語り、怒る盛平翁
合気道はよみがえる!
神様はひいきをする

《第二章》サムハラ神社へ
山本先生に導かれたサムハラ神社
サムハラのお守りの奇跡
封じこめられた神々の目覚め
音霊になった祝詞
祝詞には力がある
口から魂が出る
出口王仁三郎との縁

《第三章》奇跡は出任せから
もうひとつの「奇跡のリンゴ」
奇跡の連鎖
いろは呼吸書法で目覚める人たち
龍神と対話する女性
進化している男性は女性化する
光り輝く身体
ご神魂が現われた!
言葉は現象化する

《第四章》いろは呼吸書法の秘密
神が最初に与えた言語は日本語
呼吸書法は次元を「チューニング」する
言霊「す」は宇宙創造の原点―植芝盛平翁の教え
人間の体は言霊の集合体である
書からエネルギーが出る理由

《第五章》言霊の力 音霊の力
神代文字でいのちを救う
開命句は祝詞
言霊の神様に守られる
音霊の妙用

《第六章》神の存在に近づく
円を描いて本質を知る
神社に鏡を祀る意味

《第七章》新しい次元へ
天意気舞・飛翔書法の創作
いろは・ひふみで土地を浄化する
神代アキル文字
四十八音は神の御名
あの世では宗派は関係ない
手を合わせ、エネルギーを調える
いまこの瞬間が宇宙創造
救世主は武道家のなかから出てくる?

(終わりに)神とつながった一年……山本 光輝

【著者略歴】

保江 邦夫(やすえ・くにお)

1951年岡山市生まれ。東北大学で天文学、京都大学大学院、名古屋大学大学院で理論物理を学ぶ。ジュネーブ大学理論物理学科講師を経てノートルダム清心女子大学教授。理学博士。生死の境をさまよう大病をマリア様への帰依で乗り越えて以来、多くの奇跡を経験。冠光寺流柔術を主宰。著書に、『路傍の奇跡』(海鳴社)『愛の宇宙方程式』『人を見たら神様と思え』『予定調和から連鎖調和へ』『神様につながった電話』(風雲舎)『ありのままで生きる』(マキノ出版・矢作直樹と共著)など多数。

 

山本 光輝(やまもと・こうき)

1937年東京生まれ。前衛書家。植芝盛平翁に師事。合気道七段。「いろは歌、ひふみ祝詞」をテーマに、合気道と書道の融合「いろは呼吸書法」を創始。「光輝書法会」主宰。書から強い波動が検出され、「治癒能力の高い、人類に幸福をもたらす書である」との評を受ける。合気道とともに「いろは呼吸書法」を海外にも精力的に伝え歩く。地球への感謝・浄化を祈り、自らの書画を全国各地の神社仏閣などに奉納している。

『いろは呼吸書法・声を出して書けば世界が変わる』(平凡社)『いろは・ひふみ言霊によるさとり実践呼吸書法』
(新日本文芸協会)読み聞かせ絵本『きみがよものがたり』(新日本文芸協会)の文字を書する。

【編集者から】

口から出任せ本と称しているが、“ホラ吹き”ではない。
魂が口から出るに任せる……魂と魂のぶつかり合い、
本音の、魂の雄叫び。

 

ご存じ、保江邦夫先生は物理学者。「愛」の伝道者。
保江先生は、ひ弱だった中高生時代の反動で、強い者に憧れ、
高校生のときにテレビで、「トーーーオ……!」という裂帛の気合いで
剛の者をぶっ飛ばしている小柄な男性を見た。
それが植芝盛平翁だった。

以来、植芝合気道は切っても切れないものになり、
その道を離れることはなかった。
後年、自ら「冠光寺流」という「愛魂」の道を立ち上げたが、
そこにあったのは、植芝合気道への憧憬だった。

 

「あれは、何の力だろう?」
あれほど保江を魅了した合気道は、保江が意識したころには、
その神性が消えて、形式的な一つの武道になっていた。

 

その謎を解き明かす人と出会った。
植芝翁の直弟子、山本光輝先生である。
山本光輝先生は、合気道・植芝盛平師の直弟子。
「いろは呼吸書法」という前衛書道の創始者でもある。
共通点は、植芝盛平師をこころの師としいること。
山本先生はこんなことを保江先生に伝える。
植芝盛平大(おお)先生の真髄は、サムハラ・九鬼神道による神がかりだった。
その本質を見失うと、植芝合気道の本当の姿が見えてこないと。

 

この出会いは、保江を欣喜雀躍させた。
植芝翁のパワーの秘密は、サムハラにあると聞いた保江は、
大阪のサムハラ神社から、岡山のサムハラ奥の院を訪れ、
植芝盛平王と九鬼隆晴との親交、天之(あめの)叢(むら)雲(くも)九鬼サムハラ龍王
の存在を知る。この経験は保江を大きく変えた(『神様につながった電話』に詳しい)。

 

口から出任せ論の中でも、とりわけ編集者をびっくりさせたのは、
「封じ込められた神々の目覚め」のくだり。

 

保江 いま僕もふと思ったことがあります。
なぜかこのサムハラ神社は、合気道の開祖である植芝盛平先生にもお力を与え、いろいろな人の弾除けになっています。僕の身近な人も何人もサムハラのお守りに助けられました。僕などの下手な祝詞に神様は雷のゴロゴロで返答してくださったり、祝詞は音霊だということを気づかせてくださったり、本当のことを教えてくださった。
他の神社、たとえば岡山にある吉備津彦神社とか、あそこは僕も神様が本当にいるなと感じてはいましたけれども、そういう具体的な奇跡が起きたことはありません。奇跡が起きたのはサムハラ神社だけなのです。
しかも僕は真っ先に岡山県北の奥の院のほうに行きました。大阪の本院ではなく。それは僕が岡山の人間だからということもあるのですが。サムハラ神社の奥の院は、小さなお社やしろが一応建っています。あれは比較的最近、大阪のサムハラ神社が建てたものです。もともとあったお社は、旧日本軍、帝国陸軍が、無許可神社だからけしからんというので解体を命じて焼き払ったのです。それで津山事件という祟りが起きたといわれています。たった一時間で三十一人が亡くなりました。その一時間で三十人もの人間が殺され、犯人が自害したのです。それを基に横溝正史が小説にしたのが『八つ墓村』です。
……ひょっとすると、サムハラ神社、サムハラ龍王、造化三神(天之御中主神・高皇産霊神・神皇産霊神)を封じ込めていたその神社を焼き払ったということは、その結界が崩れて、サムハラの神様だけは……。
山本 なるほどそうか! いま私も背中がぞっとした!
保江 だからサムハラ神社だけは霊験あらたかなのですよ。他のところは神社がちゃんとあるし、みんなが知らずにパンパンと二拍手でお参りするから、いつまで経っても封じ込められたままです。サムハラの神様だけが自在に動けるのです。だから奇跡も起こせるのです。これはもう先生の出任せの真骨頂ですよ。
山本 そうかそうか、なるほどすごい話だなあ。
保江 だから僕は、最初に奥の院にお参りしたとき、伯家神道の拍手をしてよかったんだ。
山本 だから雷も鳴ったのですね、そうなんですね、きっと。すごいなあ。
保江 いやいや、すごいことがわかりましたね。結果的に軍部は正しいことをしたのか。祟りは起きたけど。いやいや……軍部が焼いたから、サムハラの神様だけは自在にみんなを助けてくれているのです。旧大日本帝国陸軍に感謝しなければ。

 

サムハラのお守りを常時、指にしている僕としても、これはすごいと感じました。
こんな調子で、全編、口から出任せが続きます。
まさに口から出任せの真骨頂です。

風雲舎3月新刊
『アスペルガーとして楽しく生きる』 —発達障害はよくなります—
(発達障害カウンセラー)吉濱ツトム著

アスペルガーと言われる人が200万人を超すらしい。
他人と会話できない、
いつも強い不安や恐怖、劣等感がある、
慢性的な疲労感があるーー。

僕もそうでした。
小、中、高校と、みじめな人生でした。
でも、克服した。

適切な方法さえあれば、
誰でも改善できます!

自らの悲惨な体験をもとに、
克服のための知識と方法を
体系化したカウンセラーからの提言!

 

46版並製232頁 定価(本体1500円+税)
◎3月30日発売
ISBN978-4-938939-80-9

> 続きを読む

本書の内容

●自らの悲惨な体験をもとに、克服の知識と方法を体系化したカウンセラーからの提言。
☆僕は幼児の頃から自閉症だった。
☆小学4年、自転車でバスと衝突し、アスペルガーと診断された。
☆他人とコミュニケーションができない、恐怖、不安、劣等感があり、いつもぐった
りしていた。
☆19歳。自己改善に取り組んだ。
☆妙案があったわけではない。真正面から取り組んだのだ。
☆まずアスペルガーについての関連書を山ほど読んだ。
☆次いで、ローカーボ食事法、分子整合栄養医学、行動応用分析、認知行動療法、コ
ミュニケーションのロールプレイング、
運動療法、自律訓練法、スピリチュアル系の自己啓発など、あらゆるアスペルガー改
善法を研究し、実地に試す。
☆数年後、「典型的な症状」が半減し、26歳、社会復帰。
☆完全に治ったわけではない。まだ残っている。うん、これはやれると自信がつい
た。
☆同じ障害で悩む人たちからの問い合わせが増えた。
☆アスペルガー・カウンセラ―となった。
☆最近では、アスペ改善請負人と呼ばれるようになった。
☆大丈夫、適切な方法さえわかれば、誰だってよくなる!

本文より

~発達障害とは?
発達障害というと、とかく精神論や愛情の問題、根性論に結びつける人が多くて困り
ます。
どうか皆さん、そんな言葉に惑わされないでくださいね。発達障害は心の病なんかじゃありません。これは、脳機能の問題です。発達障害であっても、体系的かつ実践的なメソッドを使えば、社会への適応力を向上させることができます。努力のベクトルさえ間違わなければ、確実に効果は出るのです。

~自閉症だった幼少期
小学校に通いはじめても、半狂乱のパニックはおさまりません。とにかく学校が怖くてたまらず、朝の支度の段階から、母親に抱きついては「いやだ! いやだ! 行きたくない」と泣き続けます。
玄関に立つと、体の震えが止まらないのです。
まるで処刑場にでも送り込まれるような極度の恐怖と緊張に襲われ、足がすくんでしまうのです。

~決死の思いで家を後にして、重い足どりで学校へ行きます。
学校への道順は、自分の中に絶対のルールがあります。
この道では左右どちらの足を先に出すかにはじまって、歩幅や速度まできっちり決まっています。
映画「レインマン」にも同様のシーンが出てきますが、同じ道はいつもと寸分の狂いもなく進まないと、どうにもこうにも気がすみません。

~砂糖中毒
朝はどんぶり一杯に白砂糖を盛り、スプーンでそのままパクパク食べていました。昼は学校でハーゲンダッツのクリスピーサンドを六個、板チョコを二枚、スニッカーズを三本食べます。夜はカップのハーゲンダッツを四個、あんぱん、まんじゅうを二個ずつ、ケー
キ二個が定番です。大好きな牛乳には、いつも大さじ三杯の砂糖を溶かして飲んでいました。

頭の中は、四六時中、甘いもののことでいっぱいです。肉も魚も、野菜もいっさい食べません。

甘いもののほかには、白米やそうめん、ポテトチップスといった炭水化物ばかりを食べていました。

どれもこれも体に必要な栄養などなく、ほとんど糖の塊かたまりです。
体は急速に糖代謝異常を進行させていきました。

~劇的な変化が起きた
①生理学に基づいた健康法 ②環境圧力 ③行動療法 ④認知療法 ⑤肉体強化 ⑥習慣化 これらに本格的に取り組んだ結果、僕の体調は回復していきました。体調にとどまらず、思考、感情、意識、言動など、生活全般において、劇的な変化がもたらされました。

マイナス側に入っていたアスペルガーの症状スイッチが、プラス側に次々とオンされていったのです。

著者略歴

吉濱ツトム(よしはま・ツトム)

発達障害カウンセラー。スピリチュアルヒーラー。
幼少のころから自閉症、アスペルガー症状に悲惨な人生を歩む。他人とコミュニケーションができない、強い不安や恐怖がある、劣等感が激しい、病気にかかりやすい、慢性疲労がある-などの症状に苦しむ。

その後、発達障害の知識の習得に取り組み、あらゆるアスペルガー改善法を研究し、実地に試す。
数年後、「典型的な症状」が半減。26歳、社会復帰。同じ障害で悩む人たちが口コミで相談に訪れるようになる。
以後、自らの体験をもとに知識と方法を体系化し、カウンセラーへ。個人セッションに加え、教育、医療、企業、NPO、公的機関からの相談を受けている。本書は第一作。
URL http://yoshihama-tsutomu.com/ E-mail yoshihamatsutomu@gmail.com

担当者から

初対面、開口一番、吉濱カウンセラーは僕の顔を見て、
「あ、あなたもアスペルガーですね」とのたまうた。
僕の偏頗な振る舞い、挙措、しゃべり方、それを一瞥して、そう規定した。
以来、いかに僕がアスペの要素を強く持っているかを指摘され続けた。

原稿を読むにつれて、思い当たることがいっぱい出てきた。
結婚式のスピーチを頼まれるーー死ぬほど怖い。
どうでもいいことに、いつまでもくよくよする。
態度がでかいのに、わが身を必要以上に劣位に置く。
この道しかないと、視野狭窄に陥る。
ダメ男の概念規定など、まるで僕そのものだったーーなど、
思い当たるふしが多々あった。
最後に著者は、「この人は回復の展望なし」とほざいた。

でもこの天才との付き合いで、目からウロコが落ちるようなことがいっぱいあった。
これが楽しかった。
こういう若き俊才がゴロゴロ出てきていることに驚愕した。

この感覚は風雲舎の前の本『ほら起きて! 目醒まし時計が鳴ってるよ』
の著者・並木良和以来ずっと感じていたことで、さすがというか、やはりというか、
若い、鋭い、本質を一目で見抜くインディゴチルドレンたちの出現を感じないわけに
いかない。
爺さんたちが古い感性で説教をしても、彼らは遥かに爺さんたちを超えている。

爺さんは、ありがたいと思った。
僕らがいつまでも僕らの常識や僕らの感性でああだこうだと言い張っても、
彼らは楽々僕らを超えて飛翔していく。

ルイ・アームストロングの曲に
「What a wonderful world」というのがある。
結婚式なんかでいっときよくBGMとして流された。
その3番目ぐらいの中で、
「赤ちゃんが泣いている。
いいじゃないか、
あいつらはないたりわめいたりして大きく育つ、
そうして学び、おれたちを超えていく、
すばらしいじゃないか」
とでも訳したい歌詞があった。

並木さんも吉濱さんも、それでいい。
すばらしいじゃないか!

【風雲舎2月新刊】
『ほら起きて! 目醒まし時計が鳴ってるよ』–超人的インディゴ・ヒーラーの出現!–

ほら起きて!目醒まし時計が鳴ってるよkonnna

そろそろ「本来の自分」を憶い出しませんか?
宇宙意識そのものであるあなた自身を。

超人的インディゴ・ヒーラーの出現!
●子供の頃から、霊が視え、過去世が視えた。小学4年で、「霊能者になる」と宣言。
●著名な霊能者に弟子入りして、10年間研鑽を重ねた。
●物乞い、海賊、料理人、ヒーラーや神官など、30ぐらいの過去世を記憶している。
●「自分は一体何者なのだろう?」と自己対話を重ね、守護霊(ガイド)や天使、
ハイヤーセルフとつながった。すると色々なことが視えてきた。
●相手をリーディング(霊視)すると、その人の問題点がはっきり視える。
●「今がどういう時代で、これからどういう方向へ進むのか」も視えてきた。
●ライトワーカー(地上に光を広める者)として世界のパワー・スポットを巡っている。
●著者はこんなことを言いたいのです。
アセンション(統合の流れ)に入った今、「あなたはどのように生きますか? 何を選択しますか?」
と問われていますよ。そろそろ目を醒まして、「宇宙意識に還りませんか」と。
☆「この世の中、何かがおかしい」と感じている方は、ぜひご一読ください。

4月3日(金)の出版記念講演会、懇親会は大盛況のうちに終了しました。
ありがとうございました。

(本書の内容)
(はじめに) 誰でも必ず幸せになれる
(第1章)宇宙意識って–?
(第2章)目醒めへの道標
(第3章)アセンションへのプロセス
(第4章)人間ドラマから抜け出す
(第5章)宇宙意識(ハイヤーセルフ)につながる六つのステップ
(ステップ1)目を醒まして生きる――と決める
(ステップ2) 地球のアセンションの波と同調する
(ステップ3)グラウンディングする
(ステップ4)自分を一〇〇%の愛で満たす
(ステップ5)統合
(ステップ6)望む現実へ移行する
(第6章)宇宙意識に還る
(おわりに)
過去世からこの世を観る
人生はいつでもやり直せる
あなたは、何を選択しますか?
(解説)ありがたい不思議—–小坂 正

【定価(本体1600円+税) ◎2月末日発売】
ISBN978-4-938939-79-3

> 続きを読む

本文より

目醒めは連鎖する

一人が目醒めると、周囲もその影響を受けます。その人が目醒めて高い周波数に上がっていくと、
その人は「高周波ステーション」となって、高い周波数を電波のように発信するからです。
身近な人だけではなく、すれ違う人にも、遠く離れた場所にいる人にも影響を与えはじめます。
周波数を上げれば上げるほど、広範囲に影響を与えるようになります。
人間はもともと高い周波数の存在だったので、それに感応する習性があるからです。

著者略歴

並木良和(なみき・よしかず)

1974年9月12日 東京生まれ。スピリチュアル・カウンセラー兼ヒーラー。

幼少の頃より霊的な世界に通じ、高校入学と同時に、霊能者船越富起子氏に師事、約10年の研鑽を重ねる。

その後、天使界・神界からの導きで、2006年より本格的にサイキック(霊能力者)としてリーディング(霊視)を開始。

現在、守護霊(ガイド)たちからのメッセージを伝える個人セッションをはじめ、スピリチュアルな叡智やテクニックを日常に役立てるセミナー等を開催中。

またライトワーカー(地上に光を広める者)として世界各地のパワー・スポットを巡っている。

本書は第一作。http://www.heartniks.com

 

担当者から

この人を評するに、人間離れした人ーーという表現がいちばん近い。

前世、過去世を記憶して生まれ、その記憶は30ほどに及ぶという。物乞い、国王の妃、海賊、料理人、ヒーラーや神官、霊能者などの記憶から、今世での教訓を引き出す。

何よりすごいと思ったのは、ガイドや天使、とくにハイヤーセルフとつながったこと。
これは神につながることを意味するらしい。すると、個人的な相談にもクリアーに応じられるし、世の中の動きが良く見える。

そりゃずるいよ、と思ったが、そんなのんきな話ではなさそうだ。
自分は一体なんだろう、と自己対話することで、ここまで来たらしい。

インディゴ怖れべし、である(もっとも本人はインディゴとクリスタルの混交と言っている)。
こういう人が実際、この世にいるのか、
なるほど、こういう時代か、とつくづく感じ入った。

『65点の君が好き』—弱虫先生の日記帳—

65点の君が好き

いいかい、
誰かと競争するんじゃなく、
ずっと自分の「大好き」を深めていくんだよ

 

【こんな先生です】

✎生まれつきの弱虫。争ったり、競ったりするのが大嫌い。
✎好きなのは、自然の中、そして子どもといること。
✎でも、もっと強くなろうと、アフリカ、アマゾンを歩いた。
✎そうして念願の先生になった。
✎上手な先生になるのは難しい。下手な先生からスタートした。
✎弱虫の目で見ると、子どもの様子がよく見えた。
✎子ども達と仲良くなった。
✎武道を学び、樹医とセラピストの資格を取った。
✎弱虫先生は、だんだん弱虫ではなくなった。
✎「どんぐり亭」という自然学舎を創り、不登校の子や親たちと一緒に学んだ。
✎子ども達には、いつもこんな風にささやいている、

「誰かと競争するんじゃなく、ずっと自分の〝大好き〞を深めていくんだよ」

 

【定価(本体1500円+税)1月末発売】

ISBN978-4-938939-78-6

続きを表示する

【本文から】

僕のこと

「僕は未熟児で生まれ、すぐに肺炎にかかり、明日をもわからない状態が続いた。

それから先もすべての成長がふつうより遅かった。おねしょがなくなったのも、自転車

に乗れたのも、泳げるようになったのも中学一年のときだった。身長は常に前から一番。

高校一年のときに百四十五センチだった。

「久雄ちゃん、あなたは大器晩成なのだから」

「山椒は小粒でもピリリと辛い」

この言葉が母の得意のフレーズだった。何千回聞いたかわからない。

学校では当たり前の光景の集合整列「前へならえ」は、手を腰に当てる仕草しかした

ことがなかった。一度でいいから、後ろの子たちみたいにかっこよく、二本の腕をピン

と前に突き出したかった。

母は、ちゃんと大人まで育つのか本当に心配したらしい。だから、「ふつう」は母にとっ

て、金メダルにも等しいものだったに違いない」

 

ユキノちゃん

「休み時間、校庭を歩いていたら、

「先生、見て、見て」

クラスのユキノちゃんが僕を見つけて、引っ張っていく。

「なに? なに?」

すごい勢いで引っ張られて、鉄棒に着くと、

ユキノちゃんはパッと鉄棒に飛びつき、クルリと逆上がりしてみせた。

「オーッ」

前日までこの子は逆上がりができなかったはずだ。

思わず、拍手した。

「エリちゃんに教わって、逆上がりができるようになっちゃった……!」

ユキノちゃんは満面の笑顔で、そう言った。

 

「夏が来た。僕らは相談して、その貯金で新潟に旅行することに決めた。

行先は、柏崎の海だった。テントで砂浜に一泊しようということになった。柏崎を選んだのは、未知の場所に行くのが少し不安だったのだろう。当時の高崎市では、毎年、小学校六年生で二泊三日の臨海学校に行く。それが、新潟県柏崎市の笠島だったのだ。一度行ったことのある馴染みの場所を選んだ。

砂浜でスイカ割りをしたり、お手製のラジオから流れる曲を歌ったり、大騒ぎをした。最高の時間だった。やがて、夕方になり、日本海に沈む夕日を見て、心も体も満たされたそのとき、大変なことが起こった。

「ブオンブオンブオン、バババババ」

けたたましい音がやってきて、僕らのテントを包み込んだ。暴走族だった。僕たちは脅かされ、あっという間に、食糧と金をほとんど奪われてしまった。

パニックになった僕らは、食べるものもなく、金もなく、暗くなった海岸で、

「高崎に帰ろう」と悄然としていた。急いで荷物をまとめ駅のほうへ向かう。切符を買う金もないのに、そんなことも忘れて、駅まで走った。荷物が重すぎて、なかなか進めない。大きな荷物が背中でゴトゴトはねた。

そのとき、後ろから声が聞こえた。

「そこの子たち、どうした。何かあったのかい」

振り返ると、そこには、微笑みを浮かべた一人の男の人が立っていた。

僕らが、興奮しながら、事情を話すと、

「それは、大変だった。そんな人がいるのは地元の恥だから、今日は、お詫びに私の家に泊まりなさい。私の家はすぐそこだから」

暴走族は、バイクのナンバーでは地元の人間ではなかったのに、そんなことを言ってくれた。そのおじさんの笑顔は、とても温かくて、動揺している僕らを安心させる力を持っていた。僕らは、帰るお金もないことにやっと気づき、お世話になることにした。

 

「ほら、ここが私の家だよ。今、布団をひかせるから、ゆっくりしていくといい」

そのおじさんの家というのは、なんと、お寺だった。言葉のとおりに、大きな本堂にフカフカの布団を用意してくれ、僕らは、お線香の香りに守られながらぐっすり寝た。お線香の香りがあんなに安心を誘うものだとは思わなかった。

翌日、目が覚めると、鼻をくすぐるいい臭いがした。ホカホカの朝ごはんが用意されていた。

さらに、住職さんは、

「帰るお金もないんだろ。これを使いなさい」

とみんなの電車賃まで出してくれた。

住職さんのあまりに温かな心に、僕らは胸が一杯で、うまく言葉も出ず、何度も何度も頭を下げて、そのお寺を後にした。

 

電車の中で、みんな口々に、

「あんないい人はいない。このお礼は必ずしよう」

「俺は、すぐ帰ったら手紙を出して、電車代を返す」

「俺も。来年の夏休みには、お寺を手伝いにいくぞ」

と話した。

 

しかし、この約束は守られなかった。

帰ってきてからの僕らは、嵐のような時間の渦に巻き込まれて、その約束を忘れてしまった。

これまでの人生を振り返ると、あるときやり残した課題は、形を変えて、場面を変えて、きっともう一度自分の前に現われてくると思う。逃げても結局は一緒なんだなと思う。モトちゃんを捨てて逃げ、こんな温かい行為を忘れるような僕が、同じ年頃の子ども達に「逃げるな、忘れるな、立ち向かえ」とは、恥ずかしくてとても言えない。

そのとき立ち向かう勇気が集められなかったら、逃げることも、忘れることもあるよね。でもきっと、後でそのツケを払うことになるというのが、僕の確信だ。

 

恩知らずで世間知らずだった僕は、その十数年後から、毎年、そう毎年、笠島の地を訪れることになる。小学校の教員になり、臨海学校の引率者として。

子ども達を海に連れていく途中で、思わず足が止まった。あのお寺が坂の上にあった。臨海学校から砂浜に行くには、必ずその道を通る。

僕は、深々と頭を下げた。

子ども達が不思議そうに見ている。「あのときは、本当にありがとうござました。ろくなお礼もできずにごめんなさい。ご住職のおかげで、僕は、人の善意を信じる道を歩くことができました。本当にありがとうございました」

それから今日まで、百回以上その道を通ってきた。そして、そのたびに頭を下げ、あのときのことを感謝し、詫びている。

あのとき恩を忘れた僕は今になってそのツケを払うことを選んだということだ。きっと今頃、ノギもヤマダもこの地球のどこかで、そのツケを払っていることだと思う」

【著者略歴】

加藤久雄(かとう・ひさお)

1961年年群馬県生まれ。同志社大学卒業後、30年にわたり

群馬県下の公立小学校に勤務。現在、高崎市立東部小学校教諭。

日本樹木保護協会認定樹医二級。TFT上級セラピスト。

学生時代より、アフリカ、アマゾン、北極等、世界の自然と出会う旅を続け、

その経験をもとに自然学舎「どんぐり亭」を開設。人間を含めた自然の不思議、

怖さ、すばらしさを、不登校の子や親たちと一緒に学び、

眠っていた生きる力を引き出すワークを主宰中。

自然の力を借りた独特のカウンセリングによって、多くの人たちが

学校や職場への復帰を果たし、自信を回復している。

著書に『どんぐり亭物語』(海鳴社)。

 

【担当者から】

加藤先生と話していると。時間があっという間に過ぎていく。

子どもの話、師匠の保江邦夫さんのこととなると、先生は夢中になる。

加藤先生は保江邦夫さんの合気道の愛弟子。

『人を見たら神様と思え』(保江邦夫著)の編集中に知り合って、

僕はすぐ「原稿を書いて……」とお願いした。

2年経ってできあがったのが、この一冊。

 

その合間、先生の聖地「どんぐり亭」を訪ねたことがある。

高崎の奥の奥、車で2時間ほどの高地にある山小屋。

冬場は雪で交通が途絶する。

人っ子一人いない、浅間や、甲斐駒を望む山小屋。

広い雑木林の中にポツンと一軒だけ立っている。

ここは、自然が大好きな先生の聖地。

先生は、ここで不登校の子らや親たちをカウンセリングする。

 

加藤先生の名文があります。

 

「自然の中で暮らしたい、そこで人と向き合いたい、そんな思いから

作った森の中の小屋があります。それを僕と嫁さんは「どんぐり亭」

と名付けました。

蛍が飛ぶ速度、桜が舞い散る速度、牡丹雪が舞う速度は、いずれも

秒速五〇センチです。これはさだまさしさんに教えられた言葉です。

そしてそれは日本人が大好きな速度です。このどんぐり亭を作るとき、

そこに流れる時間はこの秒速五〇センチにしたいと思いました。

コーヒーを淹れるときは豆をゆっくり挽(ひ)いて、薪でお湯を沸かし、

石窯でピザを焼く。そうすると、食べ物の中にもその時間が折り込ま

れていきます。 生きているというのは時間を使っていくことです。

いつも急いでいると、心がすさんでいきます。だから自分の時間を使っ

てコーヒーを淹れ、ピザを焼き、ここを訪ねてきた人に差し上げる

というのが、今の僕たちの活人術です。風が、森がつくってくれる時間

をここで生きるのがテーマです。

このどんぐり亭で、不登校になって学校に行けない子供たちや親御

さんのカウンセリングをしています。また子供を森に連れ出して、

一緒に歩きながらカウンセリングすることもあります。お母さんは

お母さんでつらい思いをしています。コーヒーをどうぞと差し出すと、

ひと口飲んだ途端、ワーと泣きだすこともあります。鳥が鳴いていて、

僕らの話を森が聞いている、そういう空気が大切だと思っています。

保江先生に教えてもらったことは、僕の中では芯みたいなものにな

っています。それには自分のことを考えてやるのではなくて、ただ相手

に尽くす。相手に寄りそう、そこにただいるということは、カウンセ

リングにはとても大事なことです。カウンセリングは相手が心を開い

てくれないと始まりません。そのためにこちらの心をまず開いている

必要があります。そしてゆっくりと調和していくのです。

窓からはコナラのどんぐりと、かすみ桜の連理(れんり)木(ぼく)が見えます。連理木

というのは、こちらの木の枝がほかの木の枝とひとつに結合している木

のことです。

保江先生の活人術は「小ぬか雨になれ」です。

差し出がましくせず、そっとそこにいるだけ、そこに在るだけです。

音もなく、相手に気づかれず、天の恵みを注ぎ、森を育てるのです。

イエス・キリストはそういう人だったそうです。女郎屋の人の列に

延々と並び、自分の番がくると、またいちばん最後に並び直す。

だまってそこにいるだけで欲にかられた人の魂を救おうとしました。

僕はそれと同じことはできないにせよ、それを目指していくことは

できます。保江先生はその境地にたどり着こうとしているのだと思い

ます。さりげなく、押しつけがましくない、小ぬか雨のように。

(「どんぐり亭に流れる時間は秒速五〇センチ」『人を見たら神様と思え』)

 

こういう先生に出会えたらいいな……

痩せるなんて かんたんよ
It’s so easy to lose your weight !
–痩せるも太るも、「細胞呼吸法」しだい– 

瘦せるなんてかんたんよ

——————————————————
ミトコンドリアを活性化する、とにかくミトコンドリアを元気づけるのです。
脂肪は、体力、体温、ホルモンに変わります。それが「吐納法」という呼吸術の特徴です。
——————————————————

「吐納法」とミトコンドリアを結んだ
工学博士曾(そ)紅(こう)(医用工学)著

吐納法で、あなたの脂肪は、体力、体温、ホルモンに変わります。究極の若返りダイエットです。

吐納法とは?

風船をしぼませるように、おなかをへこませて息を吐く。これが「吐気」です。まず息を吐くのです。

吐き終わったら、風船をふくらませるようにおなかをゆるめます。自然に空気が入ります。これが「納気」です。空気を納(おさ)めるのです。納気を長くすると、痩せられます。吐気を長くすると、太れます。

帯津良一先生が「後世畏るべし!」と、ベタ褒め。
(定価(本体1500円
+税)11月末発売)

曽紅さんの吐納法の公開レッスンが毎月2回、東京目白で行なわれています。
よろしければお出かけください。
3月は次の2回です。
3月23日(月曜日)、3月30日(月曜日)です。
場所:東京目白駅下車徒歩3分 豊島区民教室(駅前の交番で聞くとすぐわかります)
18:00~20:00
会費一人1500円

続きを読む

【本文から】

本当に痩せられますか?

「わたしはお相撲さんクラスです。こんな私でも本当に痩せられますか?」

そう言って、私の主宰する「ミトコンドリア細胞呼吸学園」を訪れた二十代の女性がいました。八年前のことです。当時、彼女の体重は96キロでした。明らかに太り過ぎです。

お話を聞いてみると、彼女は子どものころから太っていて、これまで何度かダイエットに挑戦したようです。しかし思うような結果が出ず、「どうせ私にはムリ」と半ばあきらめていました。そこで私は68キロとブヨブヨに太っていた昔の写真を彼女に見せました。彼女ほどではないにしろ、充分におデブさんです。

「えー! 本当ですね。まるで別人みたい……」

と彼女は目を見開いて、昔の写真と52キロに痩せた目の前の私を見くらべ、うらやましそうに微笑みました。

さっそく私が提唱する「納気延長の酸素ダイエット法」という吐納法にチャレンジ。息の仕方を変えるだけで、彼女は着々と体重を減らし、体調も良くなり、人生に自信を取り戻していきました。最終的にはなんと35キロの減量に成功し、リバウンドもなし。その後、めでたく結婚し、いまは一児の母として幸せに暮らしています。

痩せるには酸素が必要です

瘦せるのは脂肪を取り除く「引き算」ではありません。脂肪を分解することは、体力、体温、性ホルモン、神経伝達物質が増幅する「足し算」なのです。だから、できれいに瘦せて、美しさを足しましょう。瘦せたい方には「納気延長法」を、太りたい方には「吐気延長法」をお薦めします。瘦せるも太るも、呼吸一つで違います。電車の「上り」と「下り」をまちがえると、目的地に行けませんね。太りすぎも瘦せすぎも健康によくありません。今日から吐納法でご機嫌なボディーを自由自在に調整しましょう! (本文より)

【本書の内容】

(はじめに)本当に瘦せられますか? ――
《第1章》 息を吸うと病気になる――
《第2章》瘦せるための「納気延長法」――
《第3章》なぜ瘦せられるのか――
《第4章》太るための「吐気延長法」――
《第5章》吐納法にたどり着くまで――
《第6章》ミトコンドリアさん、ありがとう――
(おわりに) 吐納法はミトコンドリアと直結している――

【著者略歴】

曽紅(そ・こう)

工学博士(医用工学)。帯津三敬病院養生塾「ミトコンドリア細胞呼吸学園」主宰。学習院大学講師。ミトコンドリア学会会員。1952年中国廣州市生まれ。廣州外国語学院卒業後、廣州余業大学日本語の助教。「見つかる」「見つける」の違いを説明できないことで来日。東海大学(修士)、学習院大学(日本文学博士課程)修了後、学習院大学中国語講師。2001年、茨城県牛久市で「ミトコンドリア細胞呼吸学園」を開設。以来、ミトコンドリアと吐納法とのかかわりについて研究。2014年、桐蔭横浜大学大学院にて「腹式呼吸法の生理作用効果について」で工学博士号。著書に『生命力の回復・病気をなおすスーハー細胞呼吸法』(勉誠出版)。http://www.sokou.jp

【担当者から】

帯津良一先生から「これを本にしてくれ」と依頼が来た。

一日に40~50人の患者を診ている多忙人だから、よそから

持ち込まれた原稿を読むのが面倒になると僕に回ってくる。

帯津先生は、酒飲み友だち、人生の師匠だから、むげには断れ

ない。今回もそうだった。帯津養生塾の教え子の原稿だという。

 

著者は中国人の曽紅(そこう)さん。日本人に嫁いで20年の

腹式吐納法の生理作用効果からミトコンドリア細胞呼吸との

関連性に着目して研究する医用工学博士。

出てきた原稿は「ミトコンドリア呼吸法」。一読して、かたい!

こんなものダメと突っぱねた。著者もさる者、ではこうしたら、

この角度ではとねばる。ミトコンドリア呼吸法ねえ……。

 

吐納法という中国古来の呼吸法にミトコンドリアの活性化を

結びつけたそれだという。「両者は直結しているのです」と。

さんざんやり合ってタイトルどおりの視点に落ち着いた。

正直な話、嫁いだ娘二人のただならぬ肥満を思い出して、まあ

話を聞こうとなったのだ。ところがさあ大変。下手な日本語だか

ら、ライターをつけて3度も書き直し。カバーイラストは2度も

描き直し。曽紅さんからあれはダメこれはダメの連続で、結局2

年越しの編集作業となった。エゴが強いというか、自己主張が

激しいというか、自分の意見を曲げない。その意志の強さに、

こりゃすごい! と脱帽。これは見習わなきゃと、日本男児、

ぐっと受けとめた。

 

原理は簡単。大きく息を吸うのはダメ。まず吐く。吐くと、空気

が自然に納まる。これが吐納法の基本。このスタイルで体内のミト

コンドリアを元気づけ、脂肪を体力、体温、性ホルモン、神経伝

達物質に変換する。逆をすれば太るのも簡単。痩せる太るだけでは

ない。「これは一生覚えておく宝です」と著者。

 

痩せる、太るはむろん達成できるが、加えて、

「抜け毛しなくなったね、小顔になったわ。シワ、シミ、ソバカ

ス、顔のくすみも減ったね。モチモチ肌になった。目覚めがよく

なった。気力が湧いてきた。イライラしなくなった。生理がピタッ

ピタッとくるわ。卵巣の腫れもなくなった。更年期よサヨウナラ。

血圧も下がって降圧剤も減った。痔が消えた。鼻炎がおさまって、

ティッシュの紙が減らなくなった! 何十年来の踵のひび割れが

初めてなくなった。冷え性が改善、カイロを使わなくなった。眠れ

るようになって、地震がきたのも知らないでグーグー寝ていた……。

ワハハハハ〜!」 (本文より)

というわけ。

 

一時は放り出そうかとも思った原稿だが、終わってみると楽しかっ

たと気付く。頑固一徹、曲げない、まっすぐで、僕がどんな皮肉を

口にしてもめげない、朗らか、その上、ちょっとアホな工学博士。

日中関係もこんな風にしてほどけていくのかな……。

曽紅さん、ありがとう。

あの物理学者にとうとう神様が憑いた!
『神様につながった電話』

神様につながった電話

あの物理学者にとうとう神さまが憑いた!

●僕は植芝盛平合気道に憧れていた。その根源は何だろうとずっとそれを求めていた。

●根源は、神降ろしだった。天之叢雲九鬼武産龍王(あめのむらくもさむはらりゅうおう)、サムハラ龍王だった。

●サムハラ神社・奥の院で祝詞を上げていると、風が吹き、雨が降り、雷がとどろき、何かが追いかけてきた。

●サムハラ様が入ってきた。以来、サムハラ龍王が僕を動かしている。

●翌日、見知らぬ人が宮崎からやってきた。「マリア様の伝言を預かってきました」と前置きして次のように続けた。

「マリア様の愛を今後のヤスエクニオの体に入れるゆえ、承知せよ」

●「何をもってそれとわかるのか?」と僕は尋ねた。

●「愛が入ったなら、お前は若くなる一方だ。寿命は九十二歳まで」

●以来、会う人会う人が、「どうしたの? 若くなったみたい!」と驚く。

●以前から僕には伯家神道の巫女様がいる。そこにサムハラ龍王が憑き、マリア様の愛が入った? いったいどういうことだ?

●僕はずっと我を消そうとしてきた。我が消えると、神が降りてきた。

時あたかも「ドッグ・イヤー」。ものごとが八倍速で動く時代だという。

●何かが始まった。すべてが激しく動いている。

(担当者のひとりごと)

風雲舎 定価(本体1500円+税)7月25日発売。

(目次)
「はじめに」間もなくだよ……
「第1章」    神降ろし
「第2章」    山本光輝先生との出会い
「第3章」    神さまにつながった電話
「第4章」    絶対調和の世界—木内鶴彦さんに教わったこと
「第5章」    我をなくすと神さまが降りてくる
「編集者のあとがき」神様は確かにいらっしゃる  山崎佐弓

安江先生

ますます若くなった著者

続きを表示

こんな作品を僕らはずっと待っていた! 小泉義仁さん(スピリチュアルTV主宰)
『太一~UFOに乗った少年』

太一〜UFOに乗った少年

湘南、烏帽子岩を舞台に展開される壮大なスピリチュアルファンタジー。
読み出したら、もうやめられない。

 

「少年のときめきを絵にしたような小説。
NHKの『少年ドラマシリーズ』を思い出した。
第1章を読み終えるあたりからワクワクして、もう中断できなくなった。最後は読み終えるのがもったいなかった。こんな作品が生まれる時代を僕らはずっと待っていた」(スピリチュアルTV主宰 小泉義仁氏)

 

多くの人と同調し合い、助け合い、愛し合うこと、
君たちにそれができるか?
謎の存在からつきつけられた課題を少年三人と老人ひとりで三日以内に実現できるか?

UFOは単なる宇宙人の乗り物ではなく、霊的なものであり、さらに言えば、歴史上すでに登場したものだと思うのです。

過去の人々はそれを神だと思って見ていたでしょう(著者)

特設サイトはこちら

46版並製272頁

2014年2月18日発売
ISBN978-4-938939-75-5
定価(1,400円+税)

続きを表示

『予癌告知。 生き方を ガラッと変えて 僕は生還した!』
—(土壇場の決断) 癌と宣告されて、化学者はどうしたか?—
ミネラル研究家 中山栄基著

癌告知…僕は生還した_カバー大

「中山さん、癌だねぇ。残念ながら」
「嘘でしょう。僕が癌になるはずはない。植物マグマを毎日摂っていますよ」
先生は「うん」と小さく頷いて机に目を落とした。
「この写真を見てごらん」
一枚の写真を目の前に広げた。ピンク色の肉のなかに口内炎によく似た白い部分があった。
「これが胃壁にできた癌だ」
黙って見つめるしかなかった。

びっくりするような神意が降りた。
1、無になれますか?
2、自分本位の生活ができますか?
3、一人になって生きていくことができますか?
宮司さんと話しながら、具体的には何をすればいいのか聞いた。
まず生活に必要な二、三のもの以外すべて捨てなさい。他人に影響されないよう、自分本位の生き方をしなさい。ひとりで暮らしなさい。自分のことは自分でする。買い物、食事、家事など、すべてひとりやりなさい。それができますかと問われた。

あれもこれも一切棄てた。
からだと心を自然のバランスに委ね、

素(す)になった。それが生還した理由だった。

2013年12月20日発売
ISBN978-4-938939-74-8
定価(1500円+税)

続きを表示

『予定調和から連鎖調和へ』 —アセンション後、世界はどう変わったか—
ノートルダム清心女子大学教授 保江邦夫著

予定調和から連鎖調和へ

世界が変わった!
そこは、連鎖調和から生まれる願いがかなう世界。
そこは、時空を超えた調和のあるいい世界。
僕らは今、その裂け目の真っただ中にいる!

物理学者が見た時代の裂け目!

☆著者はマリア様のお恵みをいただき、伯家神道の祝之(はふりの)神事(しんじ)を授かった。
☆ギザの大ピラミッドで「ハトホルの秘儀」を成し遂げ、「次元転移」を体験した。
☆以来、新しい次元世界(新しいリーマン面)をかいま見ることになった。
☆時代は、予定調和(これまでの世界)から連鎖調和(これからの世界)に入った。
☆めったに見ることのなかったUFOに遭遇する機会が増えた。
☆七番チャクラが開き、なぜか日々若返っている。
☆新しいこの次元世界は、願いがかなう世界。
☆いい加減に生きよう。「明日できることは今日するな」
☆世界が変わったのだから、みんなもこっちにおいでよ。

2013年9月27日発売
ISBN978-4-938939-73-1
定価(本体1429円+税)

 

 

続きを表示

『身体の痛みを取るには  気功がいい!』
—触(さわ)れば治る! 思えば治る!—
治療に気功をとり入れた整形外科医
(小坂整形外科院長)小坂 正著

『身体の痛みを取るには  気功がいい!』

★気功のあと、患者さんのほとんどが、身体が軽い、楽だ、信じられない! 「何、これ?」というような驚きを見せます。
「これまで苦しんだン年間は何だったんでしょう?」と戸惑う方もいます。気功はこれまでの治療を一変させます。

★【これまで完治または改善した症例】ぎっくり腰 腰痛 脊柱管狭窄症 腰椎椎間板ヘルニア 坐骨神経痛 両膝のガクガク 膝の急性炎症  足と両膝の痛み 頸部痛 頸、肩、背中がガチガチ 頸椎椎間板ヘルニアで頸が曲がった疼痛性斜頸 十年来の慢性的な肩こり 四十肩 五十肩 頸から肩に かけての炎症 外反拇趾 捻挫 足関節外踝骨折 コーレス骨折 橈骨末梢側亀裂骨折 中足骨斜骨折 上腕骨骨折と肩関節脱臼 仙骨下端部骨折 腓骨神経の 不全麻痺 全身の痛みと不調 線維筋痛症 パニック障害 全身がつる 腱鞘炎 三叉神経痛 腱鞘炎+手根管症候群 脊髄麻痺 低髄液圧症 脳出血後30キ ロの重さを背負った男性など。★気功治療の実例を網羅(第3章)

【本書の構成】
(はじめに)整形外科医から「治療家」へ
(第1章)私が整形外科を選んだわけ
(第2章)気功治療の奇跡

(第3章)はい、これでいいでしょう(診察日記から)《腰、膝、足の痛み》《頸、背の痛み、肩こり、寝違え》《肩、四十肩、五十肩》《足》骨折、脱臼》《神経麻痺、不全麻痺》《その他》《遠隔治療》《どこへいっても治らない、どこへも行き場がない病気》
(第4章)気功治療でわかったこと
(第5章)気と愛の世界へ
(おわりに)医学にもパラダイムシフトを

46版並製256頁
定価(本体1429円+税)
◎6月5日発売
(株)風雲舎 ISBN978-4-938939-72-4

続きを表示

著者別一覧

メールマガジン好評配信中!

PAGETOP
Copyright © All Rights Reserved.
Powered by WordPress & BizVektor Theme by Vektor,Inc. technology.