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ガンは悪者なんかではない

病歴30年のガン患者がつかんだ知恵

― 一部を犠牲にして全体を生かす善玉である ー


大野聰克(大腸ガンで人工肛門に。
ガンとは何かを問い続ける)

(46ソフト 204p)
ISBN978-4-938939-94-6
定価(本体1500円+税)
2019年2月20日発売

 

ガンは、その人を助けるためにできた!
これが著者の言いたいことです。

ガンは悪者だ、体内に巣食った悪魔だ、憎むべき敵だ、
だから、やっつけなければいけない……これが世間のガン感覚です。

著者は、「ガンとはいったい何者か?」を30年近く考えつづけてきました。
医者でも学者でもないのに、なぜかというと、ガン患者だったからです。
45歳のときに、第4期の大腸ガンと診断され、直腸とS字結腸、それに転移のあった
まわりのリンパ節を切除。人工肛門になりました。その後、肝臓にも転移があり、
手術は難しいと言われ、目の前が真っ暗になり、絶望していました。

著者は今ピンピンしています。

「あれから長い年月が流れましたが、私は再発もなく、元気に生きています。
元気なだけではありません。ガンを契機に、生活が一変し、自分が大きく変わりました。毎日が楽しくてたまりません。自分の命が躍動しているようです。残りの人生が
こんなすてきになるとは思ってもみませんでした。ガンになったおかげです。

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ガンは、敵に回すととんでもなく恐ろしい病気ですが、味方にすると何と頼もしいことか。そのことを私は実感しています。どうやったらガンを味方にできるのか。
ガンになった人は、
“なぜ自分がこんな病気になったのか”
“何も悪いことはしていないのに”と嘆きます。
自分の体の中に巣食う悪魔だと思っています。
私もそうでした。
ガンと診断されると、死の恐怖や不安に打ちのめされます。
恨みごとが出てきます。
そんなふうにとらえていては、ガンは味方になってくれません。
私は“ガンは何者なのか?”と考えつづけ、自分なりにガンの正体が見えて
きたつもりです。
ガンは悪者なんかではなく、一部を犠牲にして全体を生かす善玉であり、
ガンと仲良くなりました。今では、「その人を助けるためにできたもの」
と断言できます。

老木の「うろ」

「山歩きをしていると、一本の太い老木が目に入りました。
長い間ずっとここにいたのかと思うと、尊敬の念さえわきあがってきました。
根元を見ると“うろ”と呼ばれる空洞がありました。うろというのは、幹の細胞
死んで、空洞になっている部分です。なぜ、うろがあるのだろう。
そうだ! と手をたたきました。
庭木が葉を落とすのと同じことなのです。
老木になれば根から水分や養分を吸い上げる力が落ちてきます。
平等に養分を分けてしまったら、どの細胞も水分・養分不足になってしまいます。
それでは、木の命が維持できません。
なるほど、老木は、養分を使わなくていいところを設けているのです。
最初は必要最小限の葉っぱを落とすことで乗り切ろうとしたかもしれません。
しかし、それだけでは追いつかなくなりました。それなら幹が犠牲になろうということで、うろができたのではないでしょうか。

以前は、この空洞が大きくなって木が枯れてしまうのではないかと思っていました。
空洞は木を枯らす悪者だと考えていたのです。
しかしそうではないのです。
空洞は木を生かすためにできるのです。
人間にとってのガンも老木のうろと同じなのではないでしょうか。

わかった!
「ガンはその人を助けるためにできたもの」と考えると、私のガンがなぜでき、
なぜ完治したのかということもきちんと説明できるのです。
私の体にガンができたのは、毎日、大きなストレスを抱えて暮らしてたためです。
それに、冷たいコンクリートの上での仕事でしたから体も冷え切っていました。
食事も不規則、睡眠不足、一日中工場の中にこもっていましたから運動不足。そんなことが重なって、血流はとても悪くなっていたはずです」

「ガンは悪者なんかではない」

そうとらえれば、治療にも迷いはありません。
仕事をきっぱりやめ、ストレスとおさらばして、気功で汗を流し、大声で笑い、
仲間のために動き、血流を良くして、ときめくことに精を出し……
こうして私は全く別人になりました。

帯津良一医師(帯津三敬病院名誉院長)が絶賛

「この人の生き方を見てください。
これぞ、自然治癒力を活かした最良の帰還例です」

主な内容

(はじめに)「ガンとはいったい何者か?」
(第1章)自然治癒力を高める道(対談)帯津良一vs.大野聰克
(第2章)私のガン体験
(第3章)人生が変わってきた
(第4章)すべての存在に意味がある
(第5章)ガンは悪者なんかではない
(第6章)ガンには血流を良くするのが一番
(おわりに)希望が見える

著者略歴

大野聰克(おおの・としかつ)
1945(昭和20)年長野県下伊那郡山吹村(現・高森町)生まれ。飯田工業高
校電気科卒業後、民間企業勤務を経て、1980年埼玉県川越市にて、電気機器、
高周波関連機器を製造する「フィールドビッグ」を設立。1991(平成3)年、
帯津三敬病院にて直腸ガン4期と診断され手術、人工肛門となる。それを機
に生活を一変。仕事人間から抜け出し、ストレスを減らし、気功や仲間との
語りを大事にする、楽しい暮らしに入る。1999年(53歳)帯津三敬病院職員
となり、患者相手に気功、ビワの葉温灸をしながら、札所巡り、登山、ブド
ウ狩り、患者仲間で作った「患者会」の運営などに専念。他方、告知以来、
ガンとは何かを考えつづけ、「ガンは悪ものではない、一部を犠牲にしなが
ら全体を生すかためにできた善玉」との結論を得て、「血流を良くする」暮
らし方を周りに勧めている。

担当者から

編集子が帯津三敬病院を最初に訪ねて、もう25年ぐらいになります。
元の場所、埼京線の線路わきにあるころからです。帯津三敬病院には
100回ぐらい通ったと思います。
帯津先生の原稿を頂戴するため、と言えばかっこいいのですが、実際は
先生と一緒に飲んだり食ったり、川越の街に繰り出しては酒を飲むのが
主目的でした(飲む行為の代償として帯津先生の本が5冊あります)。
「帯津先生は現代の聖人だ」とぼくはずーっと思っていますから、先生
との場にいると、心が安らぎ、癒されるのです。

あるとき、ふと気が付きました。
この本の著者・大野さんの存在です。
気功のときも、ビワの葉温灸のときも、帯津先生の講話の際も、いつも
ひっそりとその場にいて、目立たぬように、いつも誰かのお役に立って
います。人知れず”菩薩行”をしている人なのだろうか、とぼくは思って
いました。
「あの人、何者?」と先生に聞きました。
「ああ、大野さんね、すごい人だよ」と先生。

最初、大野さんは患者としてこの病院に入院。手術を受け、人工肛門になります。
手術後もよく病院に通いました。気功が面白くなり、患者仲間との語り合いに、
よく顔を出すようになりました。これが楽しかった。
それまでの仕事仕事の暮らしに、こんな楽しみはありません。
その後大野さんは会社を閉じて、帯津先生に「この病院で自分が働けないだ
ろうか」と相談します。電気は強いのですが、病院関連には何の資格もあり
ません。でも人様のお役に立つことはできます。
帯津先生も困ったことでしょうね。
飯が食えるだけ、という報酬で、大野さんは職員になります。

その後の暮らしは、以下のとおりです。
「ガンは悪者なんかではない。その人を助けるためにできた」という確信が高まり
ます。ポイントは血流を良くすること、そう狙い定め、仕事をきっぱりやめ、
ストレスとおさらばして、気功で汗を流し、大声で笑い、仲間のために動き、
血流を良くして、ときめくことに精を出し……こうして全く別人になりました。

「そうなったらやってみよう」と思わせてくれます。(文責・風雲斎)

[05] あなたは私 私はあなた

あなたが苦しんでいると私も苦しい。

あなたが楽しいと私も楽しい。
あなたは私、私はあなた。
みんな繋がっている。

――あなたの心には、アインシュタインの、ゴッホの、モーツアルトの、つま
り全人類の記憶がそのまま共有されている。ユングはこれを「集合的無意識」
と呼び、宮沢賢治は「世界全体が幸福にならないうちは、個人の幸福はあり得
ない」と言った。そう、みんな繋がっている!

気を感じてみる! (本書の主な内容)

★気の体 ★チャクラはあなたの命を守っている ★包み込みの発想 ★千年続く会社 ★北野武さんが気づいたこと ★神の資本論 ★すべては繋がっている ★どん底から立ち上がる方法 ★イチローの小周天の力 ★大野将平選手の大周天 ★モモは能力者だった ★無敵のマントラ「オン シュダ シュダ」 ★ホワイトブックのすすめ ★あなたは私、私はあなた ★想像は創造の始まり(ほか)

気を使ってみる

人にはにっちもさっちもいかない時がある。どうしたらいいだろう。

あなたの意識を書き換える究極の方法がある。たった一日でいいから、騙されたと思ってやってみるといい。

町の雑踏に立つ。いろんな人が通り過ぎていく。この人は貧乏そうだな、つらそうだな、独りぼっちだな、仕事がなさそうだな、悲しそうだな――と分かる。

病気だと感じた人には「健康になりますように」、お金で困っていそうと思った人には、「仕事が成功しますように」、運が悪そうな人には「あれ」と言葉に乗せ、天にその祈りを送る。ポイントは、見ず知らずの人の幸せを祈ることだ。

世界はあなたと共に姿を変えていく。

清水義久(語り)山崎佐弓(聞き書き)
ISBN978-4-938939-90-8 定価(本体1600円+税)

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本文から

舩井幸雄先生の最大の功績

真理は役に立つ。時代が変わろうが、状況が変わろうが、どんな世に
なろうが、いつどんなときにも。それは物事の筋道だからだ。舩井幸雄
先生に教えていただいたのも、そんなひとつの真理だ。

昭和六十年代、高度経済成長のさ中に舩井先生が打ち出していたコンセ
プトは、さまざまな分野で大きな成果を上げていたと思う。旧価値観が
崩壊し、とって代わる新たな理念が勃興する瞬間まで、誰にも先のこと
は見えない。社会的、経済的、文化的状況がどんなふうに変貌するのか、
通常人には分からない。舩井先生は、実業の世界だろうが、人生論だろ
うが、非日常の世界だろうが、茫漠と広がるこの世界に対して、統一的
なコンセプトを展開した。そのひとつに「包み込みの発想」がある。

「同意せず、共感せず、仲間でもなく、愛してもいないけれど、共に存在
することを許し合おう。そして、共に生きていこう」
というものだ。新世代と旧世代、右翼と左翼、保守と革新――互いに対極
に位置すると考えられている社会構造の中で、こういう「包み込みの発想」
という論を唱えた人間は他にいなかった。

ぼくたちは普通こう考える。

あいつとは許し合えて、一緒に生きていける。あいつは友であり、仲間で
あり、愛し、愛される者。なんらかの意識が自然的、社会的に共有され、
そして統合された関係だ。

もうひとつは、上下の関係、支配する者と従属する者との関係である。
それ以外は、無関心か、新たな関係を結ぶには未知数という余地が残る
ことになる。舩井先生は新しいアイディアを展開した。主義、主張、政治
的理念、考え方、価値観――それらを一旦ブラックボックスに入れて触れ
ずにおこうと言ったのだ。つまり、良し悪し、善悪を判断しないこと。

判断の中止である。哲学者のE・フッサール(一八五九〜一九三八)の
言葉で言えば「カッコにくくる」ということだ。

Aさんがどんな宗教を信じていても、どんな文化的背景を持っていても、
肌の色が何であっても、あなたはAさんと主義主張を戦わせたり、譲歩し
たりする必要はない。もし、Aさんがあなたにとって異分子なら、その
ままでいい。AさんはAさんのまま、私は私のままでいい。喧嘩したり、
排除したり、無視したり、奪ったり、支配したり支配されたりすることなく。
もし仲間になれなくても、一向に構わない。それでも、Aさんと一緒に生き
ていく――そういう考えだ。

そもそも人の判断というのは公平ではない。詮じつめればただの主観にすぎ
ない。例えば、部下にB君とC君がいる。B君はC君の仕事を大きくカバー
し、B君のほうができる人間に見え、C君はいらないやつだなと低く評価さ
れやすい。でもよく見ると、C君しかできないオリジナリティがある。C君
にはC君の良さがあるということだ。誰でもできる部分を同じように見てい
くのではなく、個々の良さを見ていく。これが「共生」(ともいき)だ。

空海さんのマンダラ論

物事を軽々に判断してああだこうだと断定するのではなく、それもこれも一緒
に包んでいこう――ざっと言えばこれが包み込みという発想だ。この包み込み
の発想は、弘法大師、空海さんのマンダラ論に根拠を持つ。これは矢山利彦
先生が教えてくれた。

マンダラでは、宇宙の根本を表す大日如来を中心にして、四〇五もの諸仏が、
共に同じ場で生きている。「胎蔵界」で仏の周りに描かれた円は、いろいろな
菩薩や明王の、それぞれの価値観と生き方と力をひとつの世界に閉じたもの
だ。この一つひとつの円がそれぞれの仏の主義主張のテリトリー(領域)で
ある。

それぞれの異なる力、考え方、文化、宗教、肌の色などが、同じ一枚の地図の
中に分散され、同時に成立している。大日如来だけでいい、とは考えなかった
のだ。それぞれが独立国家でありながら、それぞれの価値観のなかで共に生
きている。適材適所にその異なるものを配置し、その力を借りようとして、
他のものを打ち消さない。人間の死体にへばりついている悪霊たちさえも
ここでは否定していない。修羅、夜叉、餓鬼たちもちゃんとマンダラの世界
に描かれている。底辺の片隅で生きているものを含めて、すべてのものが一枚
の絵柄となり、お互いに支えながら連続してひとつの宇宙になっている。取り
替えもしない、排除もしないというアイディアだ。空海さんは、そういった
ものまで、宇宙の構成原理として省くことができない重要なものだと考えた。

大日如来の存在の光の中で、森羅万象の宇宙ワールドの中で、無用の存在、
いらないもの、役に立たないものなどは存在しない。すべてが必要なのだ。
無駄だから、いらないから排除しようとするのではなく、ありとあらゆる
ものが必要必然で、必ず役に立つ要素を持っているがゆえに、この世に共
に存在するのだ、と。

ぼくは、マンダラの外枠のところに描かれたさまざまな小さな存在に
感動した。自分がどんなにちっぽけだと思っていても、そのままで宇宙
を支えている。そのアイディアがこのマンダラ論だ。

空海さんはマンダラと言い、法然さんは「共生」と言い、同じことを
舩井先生は「包み込み」と表現した。

さて、他人を認めず、許さない――これがあなたの世界観になりうるだ
ろうか。「俺の言うことを信じろ、お前は間違っている」となったら、
爆弾を持ったテロになり、搾取になり、戦争になってしまう。だけど、
ひとつ退いてマンダラという思想を眺めるとき、そこに長い歴史を貫く
客観的な世界観が成立しているのではないだろうか。どちらが上かでは
ない。平面上のそれぞれが独立した世界をそのまま持ちながら
一緒にやっていく――この「包み込みの発想」は有り得ると思う。

宮沢賢治の言葉(章タイトルの後に著者の大好きな宮沢賢治の言葉を
入れました)

わたしという現象は
仮定された有機交流電燈の
ひとつの青い照明です(「春と修羅」)

風とゆききし雲からもエネルギーをとれ(「民芸術概論綱要)」

天上へなんか行かなくたっていいじゃないか。
ぼくたちここで天上よりももっといいとこをこさえなきゃいけないて
僕の先生が云ったよ(「銀河鉄道の夜」)

あなたのすきとおったほんとうのたべものになることを、
どんなにねがうかわかりません(「注文の多い料理店」)

ぼくはきっとできると思う。なぜならぼくらがそれをいまかんがえているのだから(「ポラーノの広場」)

どれも気が溢れています。
宮沢賢治は気功の達人です。

著者略歴

清水義久(しみず・よしひさ)
1962年生まれ。気功家。少年の頃、中国の歴史に興味を持ち、気功の存在
を知る。矢山利彦氏の気功をはじめ、中国気功、レイキ、古神道などを学び、
実践と知識から「気」を追及すること30年。さらに真言密教、陰陽道、仙道、
道教、レイキ、九星気学、断易、周易、ユダヤ秘教、西洋占星術、タロット、
宿曜占星術、バッチ・レメディの他、心理学、哲学など、幅広い分野に精通し、
独自のスタイルのセミナーを20年以上開催している。本書は、前著『この素
晴らしき「気」の世界』(小社刊)に続く第二弾。ほかに、『「出雲の神さま」
にまかせなさい』(大和出版)、『お金と幸運がどんどん舞い込む! 神様に願
いを叶えてもらう方法』(宝島社)など。
facebook:この素晴らしき「気」の世界

山崎佐弓(やまざき・さゆみ)
福島県いわき市生まれ。山梨県北杜市在住。東京女子大学文理学部卒業。
ホロトロピック・ネットワーク会誌『まはぁさまでぃ』編集制作。フリー
編集者。

編集部から

博覧強記――著者にはこの言葉がぴったりする。道教、仏教、
古神道をマスターし、キリスト教、ユダヤ教、イスラム教、ヒンズー教を調べ、
神智学、西洋魔術、占星術に通暁している。何を聞いても正確な答えが即座
に返ってくる。その根っこにあるのが「気」。知識としてではなく、実践の
「気」だ。そこがすごい。
天才気功家の発する「気」エネルギーのほとばしりを、直に感じてください。

本書は、『この素晴らしき「気」の世界』(2016・5月刊)に続く第2弾です。
前著も併せてごらんください。

[07] よかった、脳梗塞からの回復!

脳梗塞でも、あきらめなくていい

 

よかった、
脳梗塞からの回復!

脳血管を若返らせ血行を良くする
「金澤点滴療法」

 

血管研究50年(脳血管医) 金澤 武道 著

定価(本体1500円+税)
ISBN978-4-938939-89-2

 

この療法で、多くの人が救われています。

(回復例)
脳梗塞でも、あきらめなくていい……
ヨタヨタ歩きが、まっすぐ歩けるようになった
手足のしびれが消え、歩行困難が良くなった
言葉が出るようになり、手も上がるようになった
左半身の不随、視力低下からの回復
スタスタ歩けるようになった
弱っていた握力が元に戻り、歩行も楽になった
顔の歪みが戻り、動かなかった左手が動くようになった
うつ状態がなくなり、気力が出て、歩くのが楽になった
25年前に脳梗塞と診断された。この療法で、動かなかった右手が上がり、
左足もスムーズに動くようになった。趣味の射撃に復帰した。
☆この療法を行なうと、脳全体の血流が良くなり、機能が回復す
ることがあります。

 

(金澤点滴療法とは?)
人体の血管の長さはおよそ10万キロ。地球を2周半する長さです。
血液は血管の中を時速216キロというものすごいスピードで心臓
から送り出されます。その圧力が血管にもろにかかります。血管が
詰まり(狭窄)、その先に血液が運ばれなくなると、脳梗塞となります。
狭窄した血管を若返らせ、広げ、血流を良くするのが金澤点滴療法の
目的です。通常、10日間の入院で、点滴治療を行ないます。点滴液に
は4種類の薬剤が含まれていて、血小板の凝集を防ぎ、血管壁の炎症
を抑えるなど、症状の改善・回復を目指します。

詰まった血管が元に戻ることはなく、その先にある死んだ細胞が蘇る
ことはありません。しかしこの点滴療法で脳全体の血流が良くなり、
機能が回復することがあります。動かなかった手足が動いたり、
出なかった言葉が出るようになるの効果が現われます。回復率83%
という数値を得ました。

 

(本書の内容)
(1章)倒れても、あきらめない
(2章)回復した人たち
(3章)金澤点滴療法とは?
(4章)脳梗塞は未病のうちに治せ
(5章)脳梗塞にならない、再発しないために
(6章)命を見つめて
(あとがき)ちょっと良くなると、暮らしが変わる。

 

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著者について(本文より)

私が生まれて育ったのは青森県の西津軽郡というところです。
青森県の北に向かって二つの半島があります。左が津軽半島、
右が下北半島です。下北半島は斧のような形をして、恐山が
あるところなのでご存じの方も多いかもしれません。それに
比べて津軽半島は地味な存在ですが、竜飛岬とか十三湖、それに
太宰治の記念館「斜陽館」といった観光スポットがあります。
その津軽半島のへんぴな漁村で私は生まれました。

生まれたのは昭和12(1937)年ですが、子どものころ、
東北地方では働き盛りの人が脳卒中でばたばた倒れていました。
貧しくて十分な栄養がとれなかったこと、塩分の多いものを
たくさん食べていたこと、酒が好きだったことなどが原因だと
思います。

母方の祖父もその一人でした。漁師でしたが、頭も良く腹も
坐っていて、漁獲高も飛び抜けて良かったので、津軽半島一の
漁師だとまわりから一目も二目も置かれていました。自慢の祖父
でした。その祖父が、私が小学校低学年のときに、脳卒中で
あっけなく亡くなりました。まだ70歳になっていませんでした。
酒飲みで、漁のない日には朝から飲んでいたのを覚えています。

屈強な、スーパーマンのような祖父があっさり死んでしまったの
には、ショックでした。昨日まで元気だった祖父がいきなり倒れ、
そのまま旅立って行きました。子ども心に脳卒中の怖さを痛感し
ました。そして、祖父の命を奪った脳卒中とはどういうものなの
だろうと興味をもったのです。

当時、私の育った村やその周辺では、祖父だけでなくたくさんの
人が脳卒中で亡くなりました。村の人たちはだれかが亡くなるた
びに悲しみ暮れ、働き手がいなくなることで貧しさに突き落とされ、
希望をなくし、自分も倒れるのではないかと不安に怯えていました。
たぶんそのころ、私の頭に脳卒中を何とかしたいという思いが芽生
えていたのだと思います。

私は9人兄弟の5番目でした。父も漁師でしたから、本当なら
兄たちと一緒に魚をとって一生を過ごすはずでした。ところが私は
船酔いがひどく、漁に出てもまったく役に立ちません。漁師に向い
ていないと思いました。幸いなことになぜか勉強はできました。
中学時代の成績はいつも上位で、地元の中学から二人だけ青森県で
も進学校である青森高校へ進学し、その後、弘前大学医学部に進み
ました。当時は弘前まで出るだけでも大変なことでした。仙台や
東京の大学へ行きたいという思いもありましたが、そんなことは
夢のまた夢でした。母親から医者になるなら脳卒中か心臓をやれと
言われました。母も、祖父の死のことが心に残っていたのだと思い
ます。

そんな体験がベースにありますから、脳梗塞を未然に防ぐことや、
脳梗塞を起こした人が後遺症から回復して喜んでくれることがうれ
しくてたまりません。自慢だった祖父が「よくやった」とほめて
くれているような気がするのです(本文より)。

金澤武道(かなざわ・たけみち)

1937 年青森県生まれ。67 年弘前大学大学院医学研究科卒業。79 年弘前大学
医学部内科学助教授。81 ~ 82 年、86 ~ 87 年米国シカゴ大学大学院病理生
化学(主に細胞分子生化学を研究していたGodfrey S.Getz 教授)の下に留学。
88 年~ 2011 年医療法人芙蓉会村上病院院長。07 年国際未病科学センター所
長。12 年~ 14 年医療法人耕潤会ハートフルふじしろ病院院長。14 年~医療
法人大坪会東和病院にて脳血管内科医として現在に至る。日本内科学会、日本
循環器学会、日本動脈硬化学会評議員、日本老年病学会評議員、日本脳卒中学
会評議員、日本未病システム学会理事、日本高血圧学会、日本フリーラジカル
学会等に所属。主たる研究テーマは、動脈硬化の成因――とくに酸化LDL と
脳梗塞の成因と治療。診療・研究のモットーは「挑戦――改革――初心」。

編集者から

こういうお医者さんがいるとは嬉しい限りです。
編集子は、実際に入院して点滴治療を受けました。自分でもふら
つく、めまいなどの自覚症状があったからですが、何より、友達、
仕事仲間、後輩などが脳疾患で倒れるケースが多く、なかには、
ぼくと碁を打っていて、その最中にぐらっと横倒しになった友人も
います。15分後に近所の厚生年金病院(いま名前が変わっています)
へ運びましたが、脳梗塞でした。ぼく自身は入院治療でずいぶん
すっきりしました。バンバン遊び、かつ仕事をしています。あの
体験後、一年に一度、入院しようかなと思っています。

ぼくの周りに、脳疾患で倒れ、ろくに声も出せないでいる友人が
3人ほどいます。一度金澤先生の診断を受けてみたらと薦めている
のですが、なかなか腰を上げません。この本を真っ先に送ろうと
思っています。
金澤先生と仲良くなって以来、それに不安を持つかなりの友人を
病院に紹介しました。不快な言葉が返ってきたことはなく、むしろ
感謝されています。

タイトルは最初、『脳梗塞からの回復』でした。
でも何かが足りません。そこで、先生のお許しを得て「よかった、」
と付け加えました。ありがたい、よかった――と本当に感じたから
です。その不安を感じている人が、こういう医師に直接出会うように
祈っています。「よかった」と言われるように……(編集担当・山平)。

[04]「ありがとう」100万回の奇跡

「ありがとう」はサムシング・グレートへの感謝の祈り (筑波大学名誉教授 村上和雄)

「遺伝子スイッチ・オンの奇跡」②

「ありがとう」10万回でガンが消えました。

以来ずっと、「ありがとう」を唱えていたら、不思議なことが続出するのです

工藤房美〈語り〉 木下供美〈聞き書き〉

ISBN978-4-938939-88-5

定価(本体1500円+税)

☆「ありがとう」10万回でガンが消えた
工藤さんは48歳の主婦。ある日「あなたは子宮頸ガンです。「余命1ヵ月」と告げられました

その病床へ『生命の暗号』という本が届きます。一読して驚いたのは、「人間のDNAのうち、実際に働いているのは 全体のわずか5%程度で、その他の部分はまだよくわからない」というところです

え、それなら?眠っている95%のDNAのうち1%でもオンになったら、私だって少しは良くなるに違いない――そう思いついた瞬間、著者は「ばんざーい!」と叫んでいました 病んでない目、鼻、耳、その他の臓器の細胞に「これまで私を支えてくれてありがとう」とお礼を言い、ガン細胞にも「あなただって支えてくれたのだから、ありがとう」と感謝を伝えました

ガンが消えてなくなるように祈ったのではないのです 10ヵ月後、ガンは消えました(12年前のことです)。

 

☆「ありがとう」100万回を超えた頃
以来、著者は「遺伝子が喜ぶ生き方」を生活の基準にします。

人にもモノにも一木一草にも、「ありがとう」と感謝し、それを日々実践する――そんな生き方です

そうすることで、遺伝子をオンにしていったのです

「ありがとう」が100万回を超えた頃です、不思議なことが続出します

妊婦さんのおなかの赤ちゃんが話しかけてきたり、見ず知らずの人から「久しぶり、元気だった?」と声をかけられたり、亡くなった人との魂レベルでのコミュニケーションとか、宇宙人がお店にやってきたり…… 意識が宇宙まで飛び出し、ますます不思議なことが続出しています。

 

☆目次
(オマージュ)「ありがとう」はサムシンググレートへの感謝の祈り(村上和雄) (プロローグ)「あとどのくらい生きられるとですか?」 (1章)遺伝子が喜ぶ生き方 (2章)宇宙とつながる (3章)希望を届ける (4章)元気になった人 (5章)大地が揺れた (6章)命を見つめて (エピローグ)楽しく、ワクワク生きる

 

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著者の近況

前著『遺伝子スイッチ・オンの奇跡』(5刷り)の出版の後、著者のところには病に悩む人がたくさん訪ねてきました。著者は一人一人に自分の経験を伝え真剣に対応し、中には「ありがとう」を唱えることでガンが消えた人もいたそうです

著者は熊本でカレー屋さんを切り盛りしながら全国を歩き、「遺伝子をスイッチ・オンにすると、いいことがある」という村上説を、自分の経験とともに語り歩いています。東京、埼玉、秋田、北海道と、どんどん広がっています。今年はロス、サンフランシスコも回る予定だそうです。熊本の工藤から全国区の人になりました。お声がかかれば、小さな集まりにも出ているようです。

出版社から

眠っている遺伝子をスイッチ・オンする――この村上学説は大切な真理かもしれません。そうだとすると、テーマは絞られます。どうしたらスイッチ・オンできるか。

村上和雄先生は、「工藤さんの変化は、すごいねえ」と激賞しながら……

原稿を一読した村上先生は、「この人の進化は、すごいねえ」とべた褒めです。その先生から工藤さんに「あなたの弟子にしてください」という(ジョーク交じりの)電話がかかってきたそうです。先生は数年前の脳梗塞で舌がもつれるなどの後遺症があります。どうしたら実際に遺伝子をスイッチ・オンすることができるか、師匠は実践者である工藤さんに、その秘策を尋ねたかったのかもしれません。工藤さん、すごいですね!

[06] この素晴らしき「気」の世界

book201605_subarashiki

この素晴らしき「気」の世界
気と繋がる、あなたは今を超える!

清水義久(語り)
山崎佐弓(聞き書き)

気を読み、気を動かし、事象を変える
新進気功家の「気」ワールド。
その向こうに精霊が舞い降りる22のストーリー。

定価:1600円+税(ISBN978-4-938939-85-4)

~ぼくは美術館で、いろんな絵に向かって波動を送ることがある。
ダ・ビンチの絵はすごかった。気のボールを投げると、とても遠い。吸い込まれていく。その感覚がすごい。しばらくしてやっとエコーが帰ってきた。

しかし、東山魁夷画伯が描かれた唐招提寺の障壁画はそんなものではなかった。気のボールのエコーが帰ってこないのだ。
その絵の中に入ると、360度、無限の中にいる。なにひとつ反響がない。自分のエネルギーフィールドの感覚が失われていった……。これはダ・ビンチ以上だ(本文より)。

 

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本文より

政木和三先生の無欲の大欲

一九八〇年代半ば、アメリカの直感力センター(CAI)の主宰者であるスタンフォード大学教授・ウイリアム・カウツ博士がエジプトを訪れたとき、エジプトの神官が「あなたはこれから日本に行くことになる。日本に行ったら、マサキという人にこの石を渡してくれ。この石は昔からエジプトに伝わるものだ」との伝言で預かったという。博士は日本に行く予定なんてまったくなかったが、帰国するとすぐ船井総研からの依頼があり、日本に行くことになった。マサキとは何者かと船井幸雄先生に聞くと、それはたぶん林原研究所の政木先生だろうということで、カウツ博士は岡山に政木先生を訪ね、その石を手渡すことになった。先生はすぐ、「はい、これは私のものです」とためらいもなく受けとった。賢者の石だった。政木先生はこの石を持って林原健社長にいきさつを話すと、なんと彼も同じものを持っていた。「ぼくはずっと持っていたよ。君は持っていなかったんだね」と言われてしまった。二人とも、アトランティスで同じ時期に神官をしていた過去世があって、この賢者の石を所持していたということだった。

先生はポケットから手のひらに入るほどの円板状の石を出して見せてくれ、「これが賢者の石だ」と言われた。
びっくりした。賢者の石が目の前にある。さわってもいいと言われたので、おそるおそる手に取り、どんなエネルギーなのかと手のひらに置いてみた。
物質はどんなものでも固有の波動を持っている。この宇宙には波動がない物質なんてない。さらに、どんな人がそれを持っていたのか、時代をさかのぼって痕跡を感じることができる。少なくとも石のエネルギーがどんなものか、自分なりに感じることができる。賢者の石だったら、どんなことになるのだろうと心を躍らせた。しかし、意に反して、その賢者の石から、ぼくは何も感じることができなかった。
賢者の石はゼロの場になっていた。
天上の波動を吸収し、現実の波動もすべて吸収して、落とし込むことができる「空」の場だ。だから石自体からは波動が出ていない。
こういう石は見たことも聞いたこともない。まさに賢者の石だけだった。

笑いは本能

人は学習で笑いを獲得するのではない。
ほかの動物は笑わないし、人間にいちばん近い哺乳類、サルでさえも笑わない。
笑える生物は人間だけなのだ。
これは人間の本能には笑うことが組み込まれていることを意味している。もしこの
世界を創った神様がいるとしたら、神様は私たちを幸せにしてあげようと思ったに違
いない。幸せなときに、私たちは笑ったり、微笑んだりする。神様が人間を創るとき、
神に似せて創ったという話があるが、神様と同じように、笑うこともちゃんとプログ
ラムされたのだ。
赤ちゃんは神様にいちばん近い存在だ。
赤ちゃんに「いない、いない、バー」をやって見せる。「いない、いない」と言っ
て両手で顔を隠し、手を開いて「バー」と顔を見せてあげると、赤ちゃんは大喜びで
「キャキャキャッ」と声を立てて笑う。何度繰り返してもその笑いは続き、見ている
人は思わず微笑んでしまう。赤ちゃんの笑顔を見るとどんな人も幸せになる。だから、
私たちも赤ちゃんの真似をするといい。あるいは、 目の前にかわいい赤ちゃんがいる
と思って、あなたを取りまく世界に、「バー」と満面の笑顔を見せてやるのだ。木々
や周りの風景……すべてが喜んでくれるはずだ。

モノを大切にするといいことがある

なにかひとつ愛用品を持ってみる。消耗品ではなく、毎日使うちょっと高価なモノ
で、時計、アクセサリー、メガネ、パソコン、携帯電話でもいい。そして名前を付け
て、愛を注ぎ、大事にして、可愛がる。そして気を入れてみる。
それらが周りのほかのモノたちに語りかけるかもしれない。
「私のご主人は私をとても大事にしてくれるの。すごくいい人よ」と。モノからモノ
へと「あなたはいい人」という情報が伝わり、世界はあなたを味方する。
だからモノは護符になる。そして、あなたはより大きな世界と繋がって一体になり、
もっと大きな器になる。

編集者から

「なぜ清水さんの本を創りたいと思ったか」
山崎佐弓

5年ほど前のことです。高崎市に住む友人が、清水義久という「すごい」気功家がいるのでぜひ紹介したいと、私をその人のプライベートなセミナーに半ば強制的に連れていってくれました。
気功は15年ほど前から、矢山利彦先生、中健次郎先生、朱剛(しゅごう)先生、梁薇(りゃんうぇい)先生といった素晴らしい先生方から手ほどきを受けていました。健康のためばかりでなく趣味としても楽しんでいたので、その延長で「どんな気功かな?」と思って、友人の後に付いてのこのこ出かけました。
清水さんの講義が始まって10分もしないうちに、私は完全に「はまって」いたのです。不思議で、ワクワクして、知らなかったことだらけで、めくるめく時間というのはまさにこういうものだと感じながら、その後ずっと感動、興奮の連続でした。
セミナーでは、清水先生は原則的に「手からエネルギーが出る」と3回おっしゃってエネルギーボールを作る所作以外、講義がほとんどです。その内容たるや、これがなんといっても面白い! 見えない気の世界が目の前にワーッと広がります。プラスとマイナスの気のエネルギーの性質、気学というもの、チャクラやオーラの話、次から次にと出てくる話に耳と目が離せません。さらに古神道やら西洋占星術やら医療や心理学まで、360度オールラウンドの不思議な話が飛び出してくるのです。私の中の好奇心はどんどん膨らむばかりでした。
ある初参加の男性が自分の名前を書かされ、先生がその文字の上に指を当て、「あなたは思考力があるね、でも喉のチャクラが少し汚れているね」と言われていました。同様に私の名前にも指を当て、「んっ、何かやっているね」とかつぶやいて、先生はひとり勝手にうんうんうなずいています。この人の前でウソはつけない、何でもお見通しのようです。休憩時になると、だれかが名前を書いた紙を持ってきて、先生はその上に「エイッ」と気を投げかけて、お祓いしています。つまりこのセミナーは、まるで気の世界のメリーゴーランドに乗っているような感じなのです。
あるときは先生の誘導で、「新しい自分の再生」という瞑想です。
砂漠に横たわり、そのままそこで死を迎えるそれです。それまでの私はポロポロ崩れて砂と化し、その砂から新しい自分が生まれる――それが理想とする新しい自分の再生です。私はこれまでの自分に感謝しながら、気持ち良く誘導されていきました。終わると、心も体もなんだかとってもすっきりしています。その自分がとても愛おしく感じられました。ふと手のひらを見ると、手のひらが金粉に、いや金箔で覆われていたのです。いったい、これはナニ?

先生のセミナーを何度か受けるうちに、私はある若い女性を思い出していました。友人のお嬢さんで、20年以上ひきこもっているのです。人間不信と社会への不信で、ほとんど外出できません。彼女が繋がることができるのは、家族とテレビ、そして本の世界だけのようでした。もし彼女が清水先生のセミナーに参加できたら、彼女の心は少しでも解放されるのではないか、もっと外の世界に気持ちが向くのではないか――そんなことを私はぼんやり考えていました。
そのとき思ったのです、先生の本があれば、その本はこのセミナーの代わりになるのではないか。気のメリーゴーランド、瞑想、再生された自分、金箔に覆われた手のことなどなど、清水先生の場で、ゆっくりのんびり遊んでいる彼女の姿を思い浮かべ、そういう本があったらなあ――と、わりに真剣にイメージしている自分に気づいたのです。先生にそんな想いを漏らすと、「ごはんの祈り」を話してくださいました。気功ができなくても、簡単な祈りで自分を変える方法です(これは本文中にあります)。

この想いが膨らんできて、気が付いたら私は清水さんのセミナーを追いかける“追っかけ人”になっていました。気の世界によって、健康になれる、幸せになれる、成功する道が開かれる――そんな気持ちがますます大きくなったのです。ある日思い切って、清水先生にその想いを正直にお伝えしました。
「先生の本を創らせてください……!」
先生の本はそれまで出ていないので難しいかなと思ったのですが、意外や意外、その願いを先生はすんなり許してくださいました。しかし、先生は本当にシャイな方です。名前を出すことさえためらわれ、「山崎さんが、ぼくから話を聞いたのだから、あなたの名前で本にしたら?」との反応です。私の名前でなんて、とんでもない。版元の編集者にその件で相談すると、「おまえの名前で、いったい誰が買うのか」と叱られました。そうですよね、当たり前です。結局、清水義久(語り)山崎佐弓(聞き書き)ということで、お許しをいただくのにずいぶん時間がかかりました。
先生のセミナーを追いかけ、録音し、それを再生し、その内容をメモしたりまとめたり、耳にしたことなどを原稿としてまとめ、やっと22のストーリーになりました。もちろんこの間、何度も先生の加筆・訂正をいただきます。
こうして清水先生の初めての本ができました。
どれだけ自分が歓び、はしゃいでいるか、それを伝える言葉に詰まっています。私は少々舞い上がっているのです。これは私の宝物となりましたが、これを読んで下さるあなたも、もしこの本の中にあなた自身を幸せにする何かを見つけられたら、“追っかけ人”として、これ以上の嬉しさはありません。清水先生、ありがとうございます。みなさん、ありがとうございます(やまざき・さゆみ この本を企画し、一冊にまとめた編集者)。

[03] 遺伝子スイッチ・オンの奇跡

「きみはガンだよ」と、著者は宣告されました。
進行が速く手術はムリ。放射線治療、抗ガン剤治療を受けますが、
肺と肝臓に転移が見つかり、とうとう「余命1ヵ月です」と告げられます。

著者はどうしたか……?

「ありがとう」を

10万回唱えたら

ガンが消えました!

『遺伝子スイッチ・オンの奇跡』

(余命一ヵ月と告げられた主婦)工藤房美著

book201510_idenshi

「自分の奥深くまで届くような“我を忘れる深い祈り”は、眠っている潜在的な力を呼び起こすのです」

(筑波大学名誉教授)村上和雄

 

(ISBN978-4-938939-83-0)定価(本体1400円+税)
10月30日発売


こんな手があったんだ!

●「手術はムリです、余命一ヵ月」と告げられて、著者は呆然自失としていました●その病床へ『生命の暗号』(村上和雄著)という一冊の本が届きます。一読して、著者は驚きました●いちばん驚いたのは、「人間の遺伝子のうち、実際に働いているのは全体のわずか五パーセント程度で、その他の部分はまだよくわかっていない」というところです●これを読んだとき、閃いたのです、それなら眠っている残りの九五パーセントの遺伝子が目を覚ましてオンになったら、私だって少しは良くなるに違いない……そう閃いたのです●それに気づいた瞬間、「ばんざーい!」と大きな声で叫んでいました●まず病んでいない目、鼻、耳、その他の臓器の細胞に「これまで私を支えてくれてありがとう」とお礼を言い、ガン細胞にも「あなただってこれまで支えてくれたのだから」と「ありがとう」と伝えます●ガンが消えてなくなるようにと祈ったのではないのです●十ヵ月後、ガンはすっかり消えていました。

 

村上和雄先生からのオマージュ

自分の奥深くまで届くような“我を忘れる深い祈り”は、遺伝子のオン・オフの働きを呼び起こすことができるはずです。心の底からの願いは自我レベルにはないのです。つまり、奥にある本当の自分(真我(アートマン))に働きかければ、眠っている潜在的な力を発揮できる、というのが私の考えです。彼女は素直な心で、それを実行してくれたのです。

工藤さんと村上先生の講演会は盛況裡に終了いたしました。
ご来場いただいた皆様、ありがとうございました。

紹介ビデオ

「みやざき中央新聞」社説11月2日号にて本書の紹介いただきました。
下記よりお読みいただけます。

眠っている遺伝子をオンにしてみよう(「みやざき中央新聞」編集長)水谷護人

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本文より

●いちばん驚いたのは、

「人間のDNAのうち、実際に働いているのは全体のわずか五パーセント程度で、そのほかの部分はまだよく分っていない。つまり、まだオフになっているDNAが多い」

というところです。

これを読んだとき、それなら、わたしの眠っている残りの九五パーセントのDNAのうち、よいDNAが一パーセントでもオンになったら、今より少し元気になるかもしれない……と、ふと思いついたのです。つまり、わたしの眠っているDNAが目を覚ましてオン

になったら……?

と連想したのです。

……そして次の瞬間、

「ばんざーい!」と叫んでいました。

大きな声で、「ばんざーい! 人間に生まれてきて良かった!」

と人目もはばからず、真夜中の二時、大声で叫んでいたのです。相部屋のガン患者さんは睡眠薬を飲んで爆睡しています。私はいくら眠れなくて辛くても、入院中、睡眠薬を飲んだことはありません。このときも暗い病室で、こうしてこのタイミングで届いてくれた本を握りしめ、ひとり感動していました。明日の治療のことを少しでも忘れられるならと読み始めたこの本に、そのとき私はこんな大きな希望をいただいていたのです。

 

●まずはガンではない部分から始めました。

見える目に、ありがとう。私の大切な人が見えることに、本当にありがとう。幼いときの子供たちの笑顔。透き通った青い空。今でも鮮明に思い出せます。見えるおかげで、消すことのできない大切なすてきな思い出がたくさんあります。見える目にありがとう。目の遺伝子にありがとう。

聞こえる耳に、ありがとう。愛しい人の声が聞こえることにありがとう。楽しい笑い声、自然の中の鳥のさえずり。風の音。私を癒してくれたたくさんの優しい音楽。私の耳にありがとう。耳の遺伝子にありがとう。

動く手にありがとう。愛しい人たちに触れることができることにありがとう。料理を作ったり、手紙を書くことができること。手をつないで、暖かい手のぬくもりを感じられることにありがとう。手の遺伝子にありがとう。

動く足にありがとう。行きたいところに連れて行ってくれることにありがとう。足の遺伝子にありがとう。

髪の毛にありがとう。

働いてくれている心臓にありがとう。ありがとう。

身体のどの部分に、どれくらいの細胞と遺伝子があるのか分かりませんでしたが、ずっとずっとありがとうを言い続けました。

そのうち空が明るくなってきました。夜が明けたのです。それでもずっと、ありがとうを言い続けました。一つひとつに心を込めて、二回目のラルスの治療が始まる時間まで言い続けました。

 

●夜中の三時を過ぎた頃でしょうか、突然、洗面所のドアが開きました。高校二年生の次男が立っていました。次男は、髪の毛が一本もない私の頭と、その抜け落ちた髪の毛を握り締めて泣いている鏡の前の私の姿を見た瞬間、こう言いました。

「おかあさん、この特別な状況を楽しまなんよ(楽しまないとね)!」

びっくりしました。想像もしなかった息子からの励ましの言葉です。こんな意外な息子の言葉に、「この状況は特別すぎるでしょう!」と突っ込みたくなりましたが、「え? この状況を楽しむの?」と返すのが精いっぱいでした。

そして尋ねました。

「優くんなら、どがんして楽しむ?」

すると息子は、

「いっつもせんような化粧ばするたい。そしていっつも着らんような服ば着るたい。僕がバイトでカツラば買うてきてやるけん」と言ってくれたのです。

著者プロフィール

工藤 房美(くどう・ふさみ)

1958年宮崎県生まれ。3児の母。48歳で子宮ガンを発病。手術もできないほど進行しており、放射線治療、抗ガン剤治療を受けるが、肺と肝臓に転移が見つかり、「余命1ヵ月」と宣告される。その病床で、村上和雄著『生命の暗号』(サンマーク出版)に出会い、遺伝子の働きに深い感銘を受け、60兆個の細胞に感謝し、抜け落ちた髪の毛一本一本にも「ありがとう」を言い続ける。10ヵ月後、全身からガンはきれいに消えた。完治後、村上和雄教授の勧めで、自らの体験を語り歩く。以来、自分の遺伝子が喜ぶ生き方を選択。現在インド・ネパール料理店を開き、2店舗を切り盛りしている。

担当者より

風雲舎の集まりによく参加して下さる木下供美さんというご婦人がいます。三人の子どもさんを連れて、保江邦夫先生、並木良和さんの集会などにわざわざ宮崎県からお出でになるのです。航空費、ホテル代を入れると、大変なご出費だろうと、ぼくは思っていました。

彼女からある日電話がありました。仲良しのいとこの原稿をぜひ風雲舎から出版したいというのです。鹿児島に所用で出向いた際に、木下さんとご一緒に著者の工藤房美さんに会い、直にお話を伺いました。

「え、そんな……」と、その内容にびっくりしました。

 

工藤さんは子宮ガンと宣告され、あれこれ治療を受けますが、打つ手がなく、とうとう最後に「余命一カ月です」と告げられます。息子たちに遺書をしたため、衣類や靴を整理して、静かにその準備を整えています。そこに『生命の暗号』という村上和雄先生の著書が届きました。それを読んで、彼女は頭をぶんなぐられるような衝撃を受けます。そこには、

「人間の遺伝子のうち、実際に働いているのは全体のわずか五パーセント程度で、その他の部分はまだよくわかっていない」とあったのです。彼女はその部分を読み、こう閃いたのです。

「それなら眠っている残りの九五パーセントの遺伝子が目を覚ましてオンになったら、私だって少しは良くなるに違いない……その瞬間、『ばんざーい!』と大きな声で叫んでいました」

 

彼女は、遺伝子がスイッチ・オンになる方法――「ありがとう」という感謝の言葉をおよそ十万回ぐらい唱えたのです。まずは元気な部分に、次いで患部のガン細胞に。

十ヵ月後、ガンはきれいに消えていました。

 

村上和雄先生に彼女のことをお尋ねすると、
「そう、工藤さんのことは良く知っているよ」とおっしゃいます。

「先生、それならぜひ序文を書いてください」とぼくは頼みました。

「いいですよ」と村上先生。

その文章がすばらしいのです。

 

「自分の奥深くまで届くような“我を忘れる深い祈り”は、遺伝子のオン・オフの働きを呼び起こすことができるはずです。心の底からの願いは自我レベルにはないのです。つまり、奥にある本当の自分(真我­=アートマン)に働きかければ、眠っている潜在的な力を発揮できる、というのが私の考えです。彼女は素直な心で、それを実行してくれたのです。

 

いい言葉ですね。

こうして工藤さんは無事に生還しました。この後、彼女は村上先生の大ファンになり、先生の本を読みつくし、お二人は仲良しになります。

 

ところがある日、夢の中に、

「自分だけ治ったからって、それでいいの?」

というような言葉が降りてきました。

おまけの人生、これまでの暮らしではいけない――。

彼女は、村上先生の本で読んだ「遺伝子が喜ぶ暮らし」をしようと、それまでの仕事を辞め、知り合いのネパール人の求めに従って、カレー屋さんを開業します。お金のためではなく、調和のある暮らしを目指しての選択です。村上先生の言う「サムシング・グレート」の存在に気づいたのです。ガン完治後、彼女は何か大きなものの存在に気づいたのです。このあたりもすてきなお話です。

編集していて、こころが温かくなりました。では、本文をどうぞ。

ありがとうございます。(山平)

[01] ほら起きて! 目醒まし時計が鳴ってるよ

ほら起きて!目醒まし時計が鳴ってるよkonnna

そろそろ「本来の自分」を憶い出しませんか?
宇宙意識そのものであるあなた自身を。

弊社ホームページからの注文は、どの本も送料無料です。

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超人的インディゴ・ヒーラーの出現!
●子供の頃から、霊が視え、過去世が視えた。小学4年で、「霊能者になる」と宣言。
●著名な霊能者に弟子入りして、10年間研鑽を重ねた。
●物乞い、海賊、料理人、ヒーラーや神官など、30ぐらいの過去世を記憶している。
●「自分は一体何者なのだろう?」と自己対話を重ね、守護霊(ガイド)や天使、
ハイヤーセルフとつながった。すると色々なことが視えてきた。
●相手をリーディング(霊視)すると、その人の問題点がはっきり視える。
●「今がどういう時代で、これからどういう方向へ進むのか」も視えてきた。
●ライトワーカー(地上に光を広める者)として世界のパワー・スポットを巡っている。
●著者はこんなことを言いたいのです。
アセンション(統合の流れ)に入った今、「あなたはどのように生きますか? 何を選択しますか?」
と問われていますよ。そろそろ目を醒まして、「宇宙意識に還りませんか」と。
☆「この世の中、何かがおかしい」と感じている方は、ぜひご一読ください。

(本書の内容)

(はじめに) 誰でも必ず幸せになれる
(第1章)宇宙意識って–?
(第2章)目醒めへの道標
(第3章)アセンションへのプロセス
(第4章)人間ドラマから抜け出す
(第5章)宇宙意識(ハイヤーセルフ)につながる六つのステップ
(ステップ1)目を醒まして生きる――と決める
(ステップ2) 地球のアセンションの波と同調する
(ステップ3)グラウンディングする
(ステップ4)自分を一〇〇%の愛で満たす
(ステップ5)統合
(ステップ6)望む現実へ移行する
(第6章)宇宙意識に還る
(おわりに)
過去世からこの世を観る
人生はいつでもやり直せる
あなたは、何を選択しますか?
(解説)ありがたい不思議—–小坂 正

【定価(本体1600円+税) ◎2月末日発売】
ISBN978-4-938939-79-3

 

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[02] 麴のちから!

麹のちから!100年、麴屋3代

山元正博(農学博士)著

●食べ物が美味しくなる
(食べ残しの刺身を塩麹にひと晩漬ける→翌朝、ホカホカご飯にのせてお湯を注いで食べる→最高のお茶漬け。杜氏さん直伝。
ただしニセモノの塩麹にご注意。酵素の力がほとんどなくなった塩麹、これがニセモノ。ホンモノの塩麹をとりましょう)
●身体をきれいにする
(たとえば塩麹で歯を磨く。酵素が歯についた有機物をとってくれる。歯周病の予防にもなる)
●ストレスをとる
(万病のもと「ストレス」。その解消にも麹はひと役買っています)
●環境を浄化する
(排水浄化から悪臭の除去まで、麹のちからはすごい!)

–麴には「身体が持つ本来の機能をみがく」働きがあります。

–麴は愛の微生物です!

 

2012年7月25日発行
ISBN978-4-938939-69-4
46判並製216ページ
定価(本体1429円+税)

続きを表示

[09] 淡々と生きる

淡々と生きる
―人生のシナリオは決まっているから―
小林正観著

「ああ、自分はまだまだわかっていなかった……」
天皇が元旦に祈る言葉と、正岡子規が病床で発した言葉は、死と向き合う著者に衝撃を与えた。
そして、到達した「友人知人の病苦を肩代わりする」という新境地。
澄み切った著者最後のメッセージ。

神々しいほどでした。
高いところへ登っていくようでした(あるファンの声)。

【本書の内容】

(1章)淡々と生きる
(2章)運命の構造
(3章)魂の話
(4章)悩み苦しみをゼロにする
(5章)すべてを味方にする
(6章)病を得てわかったこと

著者:小林 正観

発行年月日:2012年1月25日
コード:ISBN978-4-938939-67-0
四六判並製 224ページ
定価(本体1,429円+税)

続きを表示

[08] いま、目覚めゆくあなたへ

いま、目覚めゆくあなたへ
本当の自分、本当の幸せに出会うとき
マイケル・A・シンガー著 菅靖彦訳

いま目覚めゆくあなたへ

悟りは苦行なんかしなくても得られます――
これがいまのスピリチュアル界の流れです。
自らのアセンションへ――
心のガラクタを捨てていくと、人生すっきり楽になる!
目覚めゆくあなたに、スピリチュアル・ガイドブックをお届けします。

>> イメージ動画はこちらから

著者: マイケル・A・シンガー
訳者: 菅 靖彦
発行年月日:4月上旬発売
コード: ISBN978-4-938939-60-1
四六判上製 240ページ

定価:(本体1,600円+税)風雲舎
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[10] 釈迦の教えは「感謝」だった

釈迦の教えは「感謝」だった
悩み・苦しみをゼロにする方法
小林正観

釈迦の教えは感謝だった

人は、なぜ悩み、苦しむのか?
その答えは、「般若心経」にあった。
それは、「受け容れる」ことだった。
子供が勉強しない……受け容れる。
子供が不登校になった……受け容れる。
上司が厳しいことばかり言う……受け容れる。
夫が病気になった……受け容れる。
受け容れず、現象のほうを「思いどおりにしたい」と思った瞬間から、悩み・苦しみが始まります。
釈迦が言った「苦」とは、「思いどおりにならない」という意味でした。
だから「思いどおりにしよう」とするのをやめ、「受け容れる」。
誰のためでもない、自分のためです。
「受け容れる」ことをずっと高めていくと、「ありがとう」と「感謝」するまでに至る。
釈迦の教えは、結局、「感謝」につながっていたのです。

発行年月日:2006/4/25
サイズ:四六版ソフト製
ページ数:224
コード: ISBN4-938939-42-8

定価:(本体1,429円+税)

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