「中山さん、癌だねぇ。残念ながら」
「嘘でしょう。僕が癌になるはずはない。植物マグマを毎日摂っていますよ」
先生は「うん」と小さく頷いて机に目を落とした。
「この写真を見てごらん」
一枚の写真を目の前に広げた。ピンク色の肉のなかに口内炎によく似た白い部分があった。
「これが胃壁にできた癌だ」
黙って見つめるしかなかった。
びっくりするような神意が降りた。
1、無になれますか?
2、自分本位の生活ができますか?
3、一人になって生きていくことができますか?
宮司さんと話しながら、具体的には何をすればいいのか聞いた。
まず生活に必要な二、三のもの以外すべて捨てなさい。他人に影響されないよう、自分本位の生き方をしなさい。ひとりで暮らしなさい。自分のことは自分でする。買い物、食事、家事など、すべてひとりやりなさい。それができますかと問われた。
あれもこれも一切棄てた。
からだと心を自然のバランスに委ね、
素(す)になった。それが生還した理由だった。
本書の内容
一週間ほどのちに再び岡山の神社に行った。宮司は「まず方位を直しましょう」と言った。それはどうすればいいのかとたずねると、これから二カ月間、自分の居場所を明確にしなさいという。
「全国各地を飛びまわって、あまりにもからだを酷使している、他人の日程にとらわれず、自分本位で仕事をすることです。だから二カ月間家にいること。そのためには、夜は午後十時三十分までに帰宅すること」
と告げられた。
「もし破ったらまた新たに二カ月間、同じことをしなさい」とも。
少々困った。すでにいろんな予定がある。それらをキャンセルするか、夜は十時半には帰れるように組み直さなければならない。しかし、自分の命と引き替えなら仕方ない。
「とにかく中山さんの平成二十一年は悪い年でした。どう転んでも健康上、最悪の年でした。これまで十数回住所を変えておられ、それがことごとく宇宙の流 れに逆らう方向に引っ越されたので方位を犯しているのです。まず間違った方位を直すことが第一です。それには二カ月間、あなたが住んでいる横浜の住居にい ることが大切です。あなたにこれができますか?」。
面倒だなとは思ったが、やらないわけにはいかない。やるか死ぬかだ。やらずに死ぬわけにはいかない。
「やります」
宮司さんは話を続けた。
「第二に、ご先祖のことをしっかり調べてください。お父様、お母様の先祖供養をしてください」
「母方の墓は北九州小倉にあるのはわかっていますが、父方の墓はわかりませんので、戸籍から調べてみます」
「あなたの言霊がよみがえる機会です。これをお持ちなさい」
人の形に切り出された紙が束になっていた。
「人形です。これを一枚、毎日身に付けていてください。そして家に帰ったら、今日一日の出来事を思い出し、自分の言葉に偽りがなかったかどうか考えてくだ さい。そして、何か悪い言葉や思いが生まれたときも、それを思い出し、この紙とともにそれらが消えるように念じて燃やしなさい。そのとき『あじまりかん』 と唱えること。他人から与えられた邪な思いも、これを燃やすと同時に消え去ります」
このとき、これまで言えなかったことが不意に口から出てきた。
「実は僕、女性と付き合っています」
宮司さんは目を伏せた。そして言った。
「何も問題はありません。あなたはそれを認めました」
一瞬、僕は意味がわからなかった。
「認めると問題はないのですか?」
「それは少し違いますね。認めればなんでもいいというわけではない。だけど、認められなかったことを認めるのはいいことです。あなたの発する言葉には偽りがなくなりました」
あまりにもつまらない質問かとも思ったが、聞いてみることにした。
「嘘をついてはいけないのでしょうか?」
宮司さんは咳払いをしてから答えた。
「いけません。嘘は、あなたの見ている世界を歪めます」
「なぜ世界を歪めるのでしょう?」
「その答えは、あなた自身で見つけるほうがいいでしょう」
子供の頃、庭で出くわした鳥の会議にいたとき、その感覚がわかったのだ。鳥たちは言葉を使わないが、何か、どこかがつながっている感じがした。正しい言 葉を発していると、その感覚がやってくるのだ。その感覚が何なのか、どうしてそのような感覚がやってくるのか、今はまだわからないが、生きているかぎりこ の探求は必要な気がする。嘘をつくと、この感覚が失われてしまうのだ。そして心が曇る、さらに嘘をつくともうひとつ心が曇る、そしてだんだんストレスとし て曇りが大きくなる。
利益を上げるために嘘をつき、未来に生まれるかもしれない問題点に目をつぶるために嘘をつき、自分の立場を守るために嘘をつく。そうやって些細な嘘をつ き続けると、鳥の会議で得た、あのつながった感じはもう得ることができなくなるのではないか。そうなると、自分の見ている世界から、天然自然がもたらす微 かな輝きをもう感じられなくなるのではないか。その連鎖が社会を嘘だらけにして機能不全に導くのではないか。(本文より)
(目次)
第一章 「あなた、癌よ」
第二章 自然のなかで転げ回っていた少年時代
第三章 毒物屋の世界へ
第四章 化学世界の惨状
第五章 毒を消すサプリメントはないか
第六章 手術するか、信念に従うか
第七章 「素(す)になることです」
第八章 共鳴のとき
あとがき
「著者略歴」
中山 栄基(なかやま・えいき)
ミネラル研究家。1944年山梨県生まれ。上智大学理工学部化学科を卒業後、日本バイオアッセイ研究センターに勤務。化学物質の毒性検査に取り組むなか で、化学物質のもたらす惨状に驚く。化学物質の毒を消す何かを求めて退職。苦心惨憺の末、山野草や海草などを過熱凝縮し、生命力、免疫力を引き出す野生の ミネラルバランスの結晶体「植物マグマ」を完成。医療機関をはじめ、健康食品、農業、漁業、美容などの世界に提供。目標を達成したと考えた矢先、自身が癌 との宣告を受ける。西洋医学で治すか自前の素材で治すかで悩むが、「素(す)になりなさい」との神意を受け、わが身とわが心を自然のバランスに委ねること で生還した。本書は闘病記であり、その心の変遷ストーリーでもある。著者に、『職業病、その実態と対策』(日本イーエムエス)『労働衛生用語辞典』(中央 労働災害防止協会)『長生き食品・早死に食品』(プレジデント社)『自分の身体で自分は治せる』『野生の還元力で体のサビを取る』(ともに風雲舎)など。 URL http://www.ncn-t.net/shinjyu/
編集担当より
霊能者、宮司、巫女さんに助けられた化学者
著者中山さんのことは、10年ほど前に、船井幸雄さんから、
「山平くん、凄いやつがいる、本を出してやってくれ」
と頼まれて、風雲舎では彼の本を2冊出版した。
中山さんは化学者。化学物質の毒性を研究する毒物屋だった。この世界に入れば入るほど、その惨状はすさまじい。それに驚き、なんとかその毒を消す物質ができないかと模索する。苦心して作り上げたのが、「植物マグマ」だった。野生のミネラルバランスの結晶体だ。
還元力、生命力、免疫力を引き出すということで、医療機関、食、農業、漁業の分野で使われはじめた。中山さんは引っ張りだこになり、ちょっと天狗になった。そこへガツンと衝撃がやって来た。
「あんた、癌だよ」と医者から宣告されたのだ。
さあパニックになった。手術をするか、自分の開発品で治すか。お前の品物は本当にホンモノか—と迫られたのだ。
知り合いの霊能者に相談すると、
「手術したら、治っても治らなくても、あなたは自分の植物マグマを信じていないことになる。それは魂を売るようなこと。植物マグマで治らなかったとしても、きっと満足して往生できると思う。信じてごらんなさい、大丈夫だから」と告げられる。
彼女の紹介の宮司さんからは、
1、無になれますか、
2、自分本位の生活ができますか、
3、ひとりになって生きていくことができますか、
という神意が降りてきた。
ある巫女さんからは、「素(す)になりなさい」と言われた。
悩みに悩んだ末に、中山さんは手術の道を棄てた。植物マグマをがぶ飲みし、からだに摺りこみ、点滴でマグマを体内に入れ、一方で、「自然に身を委ねた」。あれもこれも一切棄てて、自然のバランスにからだと心を委ねた。医者任せではいけない、自分のからだは自分で治すという決意、その覚悟–そうして彼は生還した。いま元気であちこちを飛び回っている。また天狗にならなければいいが。それにしてもあの決断はすごい。決断させた霊能者、宮司さん、巫女さん、これがまた凄い。科学者が科学らしからぬ霊能者や宮司や巫女さんの言葉を信じて、生還するところが圧巻。
小説仕立てもうまくいったと思います。どうぞご一読ください。