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   風雲斎のひとりごと No.37 (2012.4.4)
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このメールマガジンは、これまで風雲舎とご縁のあった方々に
発信しております。よろしければご一瞥下さい。
ご不要の方はお手数ですが、その旨ご一報下さい。
送信リストからはずします。

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一通のはがき
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小林正観さんの遺稿『淡々と生きる』は、2刷り、3刷り
と重版中ですが、ある日、すごいはがきを頂きました。

これが何とも言えない名文なのです。
その昔、”何も足さない、何も引かない”というお酒の
CMのコピーがありましたが、ピタリと核心を突いた、まさに
名文です。
こういうはがきを頂戴すると、担当者は嬉しくなるのです。
送り手ゆうみんさんのご了解を得てお送りします。

「正観さんの本は20冊以上読みましたが、
この本以上に魂がゆさぶられた本はありませんでした。
すばらしくて、おいおい泣きました。
出版して下さって、ありがとうございます。」
(一宮市 ゆうみん)

ぼくもこういう文章を書きたいですね。
ありがとうございます。

―――
浮遊霊
―――
先日、岩手県宮古市の友人から電話がありました。
ご自身、三人の家人を失った方です。

宮古、大槌、釜石などの結ぶ国道45号線沿いで、
夜になると浮遊霊がたくさん現れているそうです。
自分が死んだことがわからず、がれきの間を、
まるで家人や友だちを捜すように夜な夜なさまよって
いるそうです。近在の人々は、夜になると家の中に
閉じこもって外出すること控えている、と友人は重い
口ぶりで伝えてくれました。

テレビのニュースにも新聞記事にもならない悲しい話です。
うーん、何も言えません。ぼくは「安らかに眠って下さい」
と黙祷しました。

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ことばの力
―――――
悲しい話ばかりではありません。
加島祥造さんから久しぶりに「晩晴館通信」(63号)
が届きました。先生がつれづれに書いている通信です。
加島先生は、“伊那谷の老子”と呼ばれる、詩人にし
て英文学者、エッセイストです。
その文章に驚きました。

悲しみのどん底にあった先生が、どのようにして立ち
直ったか――その心情がビンビン響いてきたからです。
そこにあったのは、生きていくエナジーをつかんだこ
と、それを表現することばの力――でした。

先生のお許しを得て、お届けします。よろしければ
どうぞご一読ください。

「晩晴館通信」(63号)――別離
  加島祥造

A
 一茶の句に「六十に二つ踏みこむ夜寒かな」とあ
ります。一茶は六十四で北信濃の村で亡くなったか
ら、これは最晩年の句です。しかし、六十はじめの
彼は、まだまだこれからだ、という気持ちだったで
ょう。いまの私からは、そう感じられます。
 
私は去年(2011)の一月で八十に八つ踏みこ
みました。そして踏みこんだ道は、前年までの道と
はかなり違ったものでした。ここ十年近く絶えず私
を援助し、世話してくれたふたりの人との別離があ
ったのです。
ひとりは長男のUです。息子夫婦は新しく独立し
て私のもといた土地でレストランをはじめたので、
全く交流がなくなった。もうひとりはドイツ生まれ
の医師Mさんで、彼女はこの十年来、高い知性と温
かいハートで私を励ましてくれた最上の友でした。
M女は昨年十二月から急に病み始めて、今年の五月
に逝きました。いずれの別離も、私個人の及ばない
大きな力の働いてのことです。
 去年までは、UとMの二本の杖にたよって歩いて
きたのですが、今年は両方の杖なしのひとり歩きと
なった。これがひとつの理由で「晩晴館通信」63
号がこのように遅れたのでした。(中略)
 すでに62号では、私が米寿になったことを報じ、
「憂いの心と苦慮する執筆」の日々だとも告げてい
ます。前年の秋に息子と別れていたし、M女は十二
月に入院していて、私の独居行ははじまっていたの
です。しかし私はまだ、M女が回復して戻ってくる
と信じていた。彼女の希望で私が会いにゆくことを
しなかったが、ここに戻ってくるだろうと頭から信
じ込んでいて、M女がドイツ語に訳した『求めない』
(加島祥造著 2007年小学館。40万部を超え
るベトセラー。風雲齋註)が来年の春にはドイツの
出版社から出ることや、今年の春ももうじきくるこ
となどを書いて、前向きの姿勢を伝えています。
 


 四月になって、この町の文化会館で私の墨絵画展
がはじまり、ひと月つづいた。来てくれる人たちと
会ったりして心忙しい日々のあと、五月七日に文化
会館大ホールで、「谷と人生」という題で二時間ほど
話した。立ったまま話しつづけ、内容も自分では満
足するものでした。
 夕方、家に帰って少し休息し、FAXを見にゆく。
一枚のみあって、それには「Mが今日の午後に亡く
なりました」とあった。彼女の息子Jからだった。
 
それからの私の心事の波立ちについては、ここで
はとても述べえないのですが、ひとことすれば、打
ちのめされて放心状態になったようです。といって
も日常の活動は変わらずに行っていて、五月下旬に
は長岡市の禅寺でのトークと能登から郡上八幡への
旅、六月は甲府での個展、十月の北海道三ヶ所での
個展やトークをしたし、家でも『受けいれる』
(近刊予定小学館 風雲齋註)の執筆のほか、かな
りの数の小文を書いています。しかし、その間じゅう、
深い心は凝り固まっていたのでした。何を見ても心
から喜べなかった。何を食べてもほんとうの味を感じ
なかった。すべてを、表面は普通で、他の人と同感し
たりしたが、心は宙に浮いていたのでした。

C
今日は師走の十七日です。とくに何かをするわけでは
ないのですが、やや心の動く思いがあって、ようやく
この通信63号を書きだしているのです。冬のせまる
十一月になって僅かずつですが、私は立ち直ってきた
からです。
 人の心身というものは、僅かでも上向いてきたとき、
それを懸命に支えようとするように造られていると思
います。
 なぜ、どうやって、立ち直りだしたのか、この方向
の話は人にも役立つことがあるかもしれないので、
話したいが、やはり長話になりそうなので、簡略に
述べます。
 体力は、いつも共にしていた散歩をすっかり止めた
ために、やや弱くなってきた。沈んだ心の領域では、
たえず悲しみに打たれていて、いつも過去に向く。
喜びや安らぎのあった過去の時に入りこむ。いまの自分
を受けいれられない。いまの自分の悲しみや淋しさから
逃げたいからです。その結果、「いま」の自分を
なおざりにするから、心身ともに不活発な状態へと
おちこんでいった。

 よく覚えていませんが、十月のある日、私は自分に
呟いた――No, this is not what she wanted me
to be she wouldn’t! 自分の感情がとつぜん揺さぶら
れる時、私は英語で呟く癖があって、この時も
英語の独り言をしたのでした――。

 私の心にはひと筋の光が差しこんだのを覚えています。
いまはこれ以上の説明をしえないが、そのころから、
もうひとつ立ち直るきっかけとなる気持ちをもつように
なった。
 それは、悲しさと淋しさと怖れのなかにいる自分を
「受けいれる」ことでした。
 自分は悲しさばかりの自分ではない――もっとほかの
自分でもある――命の動いている自分がある。その自分
は、怖れや悲しみの向こうのものとつながっている
――その自分に戻ろう、という思いです。それまでの私は
『受けいれる』の稿をやや「ひとごと」のように、心に句
の浮かぶままに書いていたのですが、今年の受難にあって、
はじめて「受けいれる」の句を体験として感じたのです。
「受けいれる」の思想が私の生きてゆく支えとして働いた
のです。
 
淋しさと恐れは過去や将来にとらわれた自分から
くるのです。しかしその「自分」を受けいれるとき、その
自分は、いまの命を生きている自分です。その自分は、
「初めの自分」につながっている、とも――。
 この「初めの自分」の発見は、私の『受けいれる』
の中心テーマです。余白が少なくなったので、
「初めの自分」のエッセンスだけ述べて、それにつながる
意識によって心の立ち直りがはじまったことを話します。
 現在の原稿では、第一章「初めの自分」の最初のページ
に、次の詩を出しています――

  受けいれる――
  それがはじまりだった
  人は生まれると
  光を
  空気を
  水を
  大地を
  受けいれた
  それらの滋養と
  母の愛を受けいれた
  求めないで
  ひたすら受けいれて
  喜び
  安らいで
  育っていった
  これが
  「初めの自分」だ
  この自分は
  誰のなかにも、
  いまも、生きているのだ。

 人はどんな状況にいても、この「初めの自分」
を呼びさますことで、いまの自分に活力を取り戻
す。「初めの自分」は命の活力源なのだ。このこと
は私の『受けいれる』考えの中心思想なのですが、
それが今年の苦難の体験のなかで、役立ちはじめ
たのです。私は「初めの自分」にある活力源を、
ようやく呼びさましはじめた。

 師走も半ばを過ぎていますが、この冬の伊那谷
はふだんよりも暖かです。月初めに降った雪は消
え去って、高い雪の連峰が青い空に浮かんでいま
す。
 暮れから正月にかけて、私は燃えるストーブの
前に坐る時が多くなった。しかしその姿は背を丸
めて前かがみになってはいない、とだけお伝えして、
新しい年に、この通信を届けることにします。
               師走二十日

―――――
しなやかさ
―――――
先生は御年89歳におなりです。
深い悲しみのなかにあるとき、先生は、――No, this
is not what she wanted me to be she wouldn’t! 
彼女が望んだのはこんな自分ではない――と独語した。
これはM女がそう言わせたのだろうと、先生は(後日)
おっしゃいました。悲しさと淋しさと怖れのなかにいる
自分を受けいれ、そこから“初めの自分”を呼びさま
します。もっとほかの自分がいる――と。それが命の
活力源でした。そうして先生は生き返ります。

このくだりは、ぼくは涙なしに読めませんでした。
人それぞれいろんな状況で生きています。いいこと
ばかりではない。しんどいときもある。うちひしが
れそうだ。でも、それだけじゃない。別の、初めの
自分がいる――。

ぼくは先生のこの一文から、力と勇気を貰いました。
先生には、いつかこのあたりを書いて下さいとお願い
しましたが、あなたはどうお感じでしょうか。
気が向いたら感想などをお聞かせください。
ありがとうございます。

(今号終わり)

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2012.4.4 風雲斎

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